その日は確か雪が降っていた。

しんしんと。深く。

何もかもを真っ白くして。

そして消えかける頃、やっと気付いた。



ああ、私は。



何も解ってなかったんだって。









彼女は部外者だった。
何かがあったわけでもなく、何かを背負っているわけでもなく。
本来ならば存在しない存在。
いや、存在できない存在といった方が正しいだろうか。
だが、彼女はいる。
そして、彼女は知っている。
ココの者には知らないこと。真実を、知っている。
「知っていようと、お前には無理だ」
彼は言った。
「それも知ってるよ。だって私は部外者  だからね」
「だったら…」
戻れ。元の生活に。本来の在るべき場所へ。
そう言いたかったが、
「それも無理だって知ってるでしょ?深久…って今はそんな名前じゃないか」
乾いた声で笑い、遮った。
「雅美…」
「ああ、ゴメンね。それに私もその名前は正確じゃあないよ」
「ココではどれだって正しいんだ」
「それもそうか」
誰もかもが忘れていること。
雅美だけが知っていること。
「私じゃ無理だったから」
とても力が大きすぎて、触れることさえできなかった。
「天野先輩を私じゃ止められなかった」
「お前が悪いわけじゃない」
「初めは負けないつもりだったんだよ」
由貴を助けるためだったら、なんだってできると思ってた。
「あなたに意志というものがあればいいのに」
そうすれば、彼女を止められたのかもしれないのに。
由貴も  助かったのかもしれないのに。
口には出せない言葉たち。
「俺の存在が彼女…天野結城の意志だからな」
「のろけ?」
「いや、事実だ」
彼が何を言おうと、雅美にとってもう知っていること。
「結局深久の思惑通り。あんたの掌の上で踊らされてるんだわ」
私も、彼の駒の一つにすぎないのだと。
「知ってるけどね」
「そうだな…お前はなんでも知っている」
深久でさえ気付かないことも、雅美だけは知っている。
それは彼女が部外者だからなのだろうか。
「それで…もうそろそろ時間じゃないの?」
「ああ」
ココの限界まで。
残された時間はあとわずか。
「見つけたんだ」
「まぁな」
「いつ呼ぶの?」
「4月…ぐらい?」
春となると、向こうでは桜が満開だろう。
今降り積もっている雪もきれいに溶けてしまって。
「お前の力を借りたい。協力してくれるか?」
「もちろん。あ、由貴もだよね?」
「お前から言ってくれると助かる」
「まかせて!」
無邪気に笑った。
「天野先輩と似てるよね?本人なんだし」
「いや。全く似てない」
ハッキリ断言する。
「外見?それとも性格?」
「両方」
想像できるようでできなかった。
「まあいいや」
一息置いて一番聞きたかったことを尋ねた。
「その子の名前は?天野結城じゃない方」
そして返ってきた返事。






「神岡南」






ほらね。

やっぱり私は。

何も解っちゃいなかったんだって。

名前すら知らないないんだから。

きっと少女の一欠片でさえ満足に知らないんだ。









「あ、あの…」
「はい?」



桜咲く並木坂で声をかけられた。



「今  神岡南って言ってませんでしたか?」
「うん、言ったけど…」
「私がそうですけど……もしかして私に手紙出しませんでしたか?」
「えっ!うん。出した!」



ごく平凡な出会い。









「どうしてあの時私に声かけたの?」
「ふぇ?あの時って?」
間抜けな音声を出し、南は雅美を見た。
「だーかーらー、初めて会ったとき。あの手紙には何にも書いてなかったじゃん」
「ああ」



彼女は何も知らない。



「なんかあの時、雅美に会わないといけないような気がしたんだ」



それでも、確かに。



「直感ってヤツ?」
「んー…そうかもね。でも、やっぱり  






”運命でしょ”






知っている。

何も知らないのに。

少女は分かっているんだ。






「私、雅美に声かけたこと。後悔なんてしてないよ」
「うん…」
「だってそれは、決まっていることだったんだから」
神岡南が若葉雅美に声をかけること。それは未来の事実だったということ。
「天野先輩が思わなかったとしても、きっと私は雅美に会ってたと思う」



これが事実。
そして真実。






「そうかな?」
「そうだよ」









あたたかかった。
しんしんと降り積もる雪は。
いつの間に溶けたのだろうか。






「ま、今だから分かることだけどね」
クスリと微笑んだ。









知らない、けれど知っていたよ。
だからこれが
彼女たちの事情なんだ。









結局私は、やっぱり何も解っていなかったってこと。