時々これは、夢なんだと思うときがある。






ふうっと小さく息を吐いた。
ジャスティーンは自分の部屋の窓際に腰掛け、黒いベールで覆われた空に輝く星達を眺めている。
ふと一瞬、その中星が駆け抜けていった。
「流れ星…」
だが気が付いたときには消えてしまっている。
1つ、2つと不定期に流れ落ちるが、早すぎて願いを言い終える前に消えてしまう。
「お願いし損ねちゃった」
これは戸惑い。
分かってはいるのだけれど、願う勇気がない。
ジャスティーンが望んでいることは自分自身、気が付いているのに。
そこへ、
「何を願うつもりだったんだ?」
唐突に現れたレンドリアをみて、思わず飛び上がりそうになる。
「レ、レンドリア!?」
わわわと鼓動が早くなるのを押さえようとする。
「何驚いてるんだよ」
「あんたが突然来るからよ!」
「そんなのいつものことだろ?」
「そうだけど…」
そう、いつものこと。
これが日常。
「いい加減慣れろよな」
ポンポンとレンドリアはジャスティーンの頭を軽くたたいた。
かすかに肌に触れたレンドリアの手はひんやりと冷たい。
「慣れて…いいのかな」



この冷たさも。

憎めない笑みも。



「ジャスティーン、どうかしたか?」
不思議そうにレンドリアがジャスティーンの顔をのぞく。



この赤い瞳も。

自分を呼ぶ声も。



「ジャスティーン?」
彼の瞳の中にあたしは確かに映っている。
「なんだか…これが夢じゃないかって思うときがあるの」
「はあ?」
「だから…もしこれが夢だったら、今に慣れてしまったら夢から覚めたとき、あたしはどうなるんだろうって……」
「…………」
「別にあの街が嫌いじゃないわ、むしろ好きよ。帰りたいなって思うこともあるし…。でも…そう思えるのは今の生活があるからなのよ」
この城に来て、ジャスティーンは沢山の人や宝玉に出会った。
なにも分からないことだらけのジャスティーンが今ここにいられるのは、彼等のおかげだと。良い意味でも、悪い意味でも。
「人生は星の数ほどあるのに、あたしが選んだのはこの道よ」
魔術師と暮らすこと。
父、エリオスや母、サーシャがあえて踏まなかった道を娘のジャスティーンが通るだなんて、両親は考えていたのかどうかは分からないが、叔母のヴィラーネに捜されるまでは魔術のまの字も知らないのであったのだ。多分思ってはいなかっただろう。
この世界でけっこうな時間を過ごしたが、未熟者ということは変わりない。
けれど、とても多くの事を知ってしまった。
「もうあの頃には戻れないわ…今のあたしじゃあ」
きっと一人では生きていけない。
「だから、もしこれが夢だったら……目覚めたらとても悲しいから…」
少しでも習慣を増やしたくない。
慣れてしまったら、思い出してしまうから。
「慣れたいけれど、慣れていいのかどうか考えてしまうと…とても恐いのよ」
じっとジャスティーンはレンドリアを見た。
レンドリアも何も言わず、ジャスティーンを見た。
だが、肩から息を吐き、ジャスティーンの髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「な、なにすっ…!」
「夢なんかじゃねーよ」
ぶっきらぼうに言う。
「夢じゃない、現実だ」
すっと頭に置いていた手でジャスティーンの左手をとる。
「俺はここにいて、おまえもここにいる」
指にはまっている、レヴィローズの指輪。
「あるだろ、ここに」
確認するようにギュッと強く握りしめる。
「うん…」
冷たい手で囲まれた指輪は、真っ赤に輝いていた。
「夢じゃないよね」
「ああ」
「うん」
あたしがいて、レンドリアがいる。
そう肯定してもらうことが嬉しかった。






また夜空を見上げる。
淡く、優しく光り輝いている星達。
「レンドリア」
「ん?」
「あたしが選んだ星はどれかしら?」
何千何万もある星の中でただ一つ。
「そんなの、一番輝いてる星に決まってるだろ」
なんせ俺の主なんだからな、と確信めいた顔で断言した。






「あ、また流れ星!」
ジャスティーンがとっさに指さした方向に星が流れた。
同時に、なにかを思い出したようにレンドリアがジャスティーンの方を向く。
「そういえば、おまえは何を願おうとしたんだ?」
「えっ?」
「だから、言ってただろ?願い損ねたって」
「あー…それは…」



今なら願う勇気はあるけれど。



「それは?」



まだまだ当分彼に言えることではなくて。



「あ、あんたがもっとしっかりしてくれるようにって願おうとしたのよ!」



けれど。



「なんだそれ」



願いたい。



そして。



叶えて欲しい。






「じゃ、あたしはそろそろ寝るから」
「おい」
聞く耳をもたずジャスティーンはベッドに横になり、シーツを頭までかぶった。
「おやすみ、レンドリア」
「おまえなぁ…」
あきれ顔でため息をつき、窓を閉める。
ジャスティーンはその背中に向かってつぶやいた。
「ありがと」
そのつぶやきが届いたのかどうかまで確認することなく、意識が沈んでいった。









『ずっとレンドリアといられますように。』






Wish - - 願い事
どんなことも、願わずにはいられないから。