雨模様の北八ツ ’93夏

 1993年の夏に訪れた八ヶ岳北部、通称”北八ツ”は、私が初めての山小屋泊を経験したという印象深い山行でした。そのときの様子を回想してみます。(1999.7.4記述)

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 1993年8月9日。本当は前日に出発して南アルプスの仙丈岳へ行く予定でした。ところが夏台風の接近で悪天候となり、出発を遅らせて様子を見ることとなりました。台風はそれたもののすっきりとしない天気に、私と同行の山師匠は南アルプス中止を決断。その代わりに八ヶ岳北部への山行に計画変更しました。通称”北八ツ”と称するこの山域は、原生林が生い茂り山小屋の多い所。万が一雨に合ったとしてもより安全で楽しめるという判断です。登山口は二千米を超える国道の最高所という麦草峠に決めて向かいました。麦草峠に到着すると、そこにはヒュッテが建っていましたが、聞くと駐車は別の場所とのこと。指定場所にクルマを置いて出発です。


↑麦草峠周辺

森の中の登山道→

 

 麦草ヒュッテの周辺には、お花畑の散策路が整備されています。今にも雨が降りそうな天候で辺りにはガスが立ち込めており、幻想的な風景となっています。そして森の中へと歩を進めます。しらびそが生い茂る森の登山道を登っていくと、まず丸山の山頂に到着します。回りはガスで何も見えません。まだ山歩きに慣れていない私は、いつもより重い荷物とオーバーペースに早くもバテ気味。そこから少し下ったところに高見石小屋があります。雰囲気の良い洒落た山小屋で、テラスを借りて休憩しながら、早くもここで泊まるかどうかを考え始めました。しかし、先へ進むことに。次なるピーク中山に向かいます。ダラダラと続く登りと、ガスで先が見えないことで、さらに疲れが出てきます。この時間がとても長く感じました。ようやく中山の山頂に到着すると、パラパラと雨が降り始めました。しかしここからは下るのみ。休憩をとった後、意を新たにして出発しました。すぐに中山の展望台という開けた場所に出ますが、もちろん何も見えません。そこを過ぎると岩が階段状になった急な下りになります。回りには花の終わったキバナシャクナゲが繁っています。下りきったたところで、中山峠の分岐に出、あとは平な道を黒百合平へと向かいました。


黒百合平に建つ黒百合ヒュッテ

 そこには黒百合ヒュッテが建っています。ここを宿泊地としました。私にとっては初めて泊まる山小屋となります。夕食をいただくとあとは寝るだけ。もちろん風呂はなく、電気は発電機によるので、消灯時刻以降は真っ暗です。したがってトイレに行くにはライトが必須。トイレは外にあるのですが、利用にあったてはお金を気持ち入れること。下界とは違うルールを学んでいきます。朝は夜明けとともに起床し早い朝食。日の出前に出発する人もいます。我々は日が昇ってからゆっくりと出ました。


天狗岳とスリバチ池

 まずいきなり、小屋の前の急登を上がります。すると目前には天狗岳が現れました。このときは太陽が照って良い天気でしたので、東天狗と西天狗の二つの峰が良く見え、また天狗ノ御庭と呼ばれる窪地が見渡せました。この御庭には池がいくつかあるのですが、時期によって消えたりするそうです。このときは、スリバチ池の真ん中に少しだけ水がありました。御庭の縁を回り込み、再び急登を上がると東天狗の頂上に着きます。


↑西天狗から見た東天狗山頂

東天狗から見た西天狗山頂→

 

 天狗岳は、東天狗と西天狗の二つの峰の総称で、それぞれ個性的な山容をしています。東天狗は山頂に岩塊の突き出たゴツゴツした形、西天狗はドーム型のすっきりとした形です。さきほどまで晴れていたのに、またガスが出てきてしまいましたが、とりあえず西天狗に向かいました。西天狗はハイマツに囲まれた丸い山頂で、もしガスが無ければ素晴らしい展望が広がっているのが想像できました。引き返して、東天狗から別ルートを下ります。


↑東天狗からの下りで稲子岳を望む

東天狗からの下りルートを振り返る→

 

 崖の縁を行くようなスリリングなルートです。右手の切れ落ちた崖の向こうには、台地状になった稲子岳が見えていますが、ここへのルートはありません。やがて昨日通った中山峠に合流し、その分岐を今日は東側へ進みます。ここからはほとんど人と出会わない静かな道でした。目指すの岩峰”ニウ”です。ところが、それを目の前にして道に迷ってしまいました。迷ったときの鉄則通り元に戻り、間違いの無い場所から再びルートをたどるとようやくニウに着きました。ここはまさに北八ツの森に浮かぶ展望塔です。ガスさえ無ければ、ぐるり360度見渡せる場所でしょう。


天狗岳の左手奥に硫黄岳が見える

  ニウからは、北八ツ最大の湖”白駒の池”が見下ろせました。これからそこに向かいます。池までは、北八ツの真骨頂ともいえる原生林と苔の森の中の道でした。そうして静かな森を抜けていくと、突然開けた場所に出ます。それは小さな湿原でした。ワタスゲの白い綿帽子が揺れている横に木道が設けられており、そこを歩いていきます。池まではそこからすぐでした。

 
森の中に突然現れた湿原


白駒の池に到着

 池の回りに外周路がありそこに沿って歩いていると、登山者とは趣の異なる様相の人々にたびたび出会います。実はこの池の近くを国道が通っており、誰もが容易に入り込めるフィールドになっているのです。下界に来たなという実感でした。池を過ぎると少しだけ登り返し麦草峠に到着しました。こうして、ほとんど展望にはめぐり合えませんでしたが、静かな森の山行を満喫し終えました。

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 この後、私は北八ツへ3たび訪れています。静かな山旅と山小屋の人情に触れられるフィールドとして魅力を感じています。またこのときの山小屋で、クロスカントリースキーのことを知りました。冬の北八ツはスキーツアーのメッカでもあります。聞くところによると、ルートが整備されている上、冬でも小屋が営業しているとのことで、初心者でも比較的安心してスキーツアーを楽しめるということ。私もいつかは冬の北八ツをと考え、テレマークスキーの用具をそろえたものの、今だ実現しないでおります。私にとっての北八ツは、もしかしたら一生を通してつきあえそうな、山の故郷のような場所なのです。(おわり)

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