「我らの隣人イエス」  マタイ福音書1117節、ルツ記41122

新約聖書の最初の書物、マタイによる福音書をこれから礼拝の度に学ぶ。福音書、つまり良いおとずれ、喜びのおとずれを学ぶのである。マタイ福音書の始まりは、長い系図である。新約聖書を開いて、さて福音を聞こう、福音を学ぼう、と願う人々が最初に出会う試練が、この第1章であると必ず言われる。こうカタカナの名前が長々と続くと、はじめて聖書を読もうという人には、確かに大きな試練である。もうこの最初のページで新約聖書を諦めた、という人もきっとあるだろう。

しかし、私たちはここで引き返すわけにはいかない。マタイ福音書の著者が、最初のページにこのような系図を書いた。何かそこには特別な考えがあったはずである。「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」。アブラハムは、聖書の中で信仰の父と仰がれる人である。神はアブラハムに、あなたを通して世界の民を祝福する、と約束された。聖書の信仰の歴史は、もちろんアブラハム以前にも遡る。しかし、神の恵みに応えて、信仰の道、険しい信仰の探求を始めたのは、アブラハムが最初である。ダビデは、イスラエルの王の中で、もっとも重要な意味をもつ。神は、ダビデにも大切な約束をされた。サムエル記下の7章で、神はダビデにも一つの約束を語っておられる。ダビデが王座につき、その王位、王の位が安定した時のことである。あなたの子孫が、永遠にイスラエルを治める。あなたの王位が揺らぐことは決してない。

けれども実際には、ダビデの王位は、息子ソロモンの時代には、二つの国に分裂する。さらに、ダビデの時代から何百年か経つと、バビロン捕囚という最大の危機を迎える。だから、ダビデの王位が廃れないというのは、単に、地上にあるダビデの王位、ダビデの王朝が無事安泰である、というのではない。無事安泰どころか、バビロン捕囚によって、イスラエルは国家を失う。神がダビデになさった約束も、決して地上の国家としての安泰ではない。もっと深く、もっと息長く、神の恵みがダビデの子孫から現れるという約束である。

イエス・キリストという方が誕生するまでに、アブラハムから数えて42世代を経る。アブラハムからダビデまで14代、ダビデからバビロン捕囚まで14代、そしてバビロンに移されてからキリストまで14代。このように14代が3回重なって、アブラハムとキリストが結び合わされる。旧約聖書を細かく調べれば、このように上手く14代で区切ることはできない。14という数字は、完全な数字である。福音書の著者マタイは、少し系図に手を入れて、14代が3回繰り返されるように整えた。それは、神がイエス・キリストを世に送り出される計画が、実に完全なものであること、何一つ過不足のない神の計画のもとで、イエス・キリストが世に送られた、ということを伝えたいのである。

確かに、神の計画には過不足もなく、失敗もない。しかし、この系図に描かれている人々の歴史は、失敗がないどころの騒ぎではない。系図を辿るということは、系図の中に誰の名前を入れるか、というかなり複雑な作業が必要になる。ルカ福音書の3章に、やはりイエス・キリストの系図が記されている。ルカの場合は、イエス・キリストから遡って、最後は「そして神に至る」で終わる。二つの系図は、いくつかの箇所では勿論重なりをもつ。途中でダビデやアブラハムが出てくるのは同じ。しかし、他の部分ではかなり違っている。何人かの兄弟がいて、どの兄弟を系図に入れるかで、系図の流れが違ってくる。ルカ福音書の系図には、ルカ福音書の伝えたいことがあり、マタイ福音書にはマタイ福音書が伝えたいおとずれがある。

マタイ福音書の描く系図。ここで選ばれている人の名前は、何を私たちに伝えようとしているか。その一つは、神がイエス・キリストの系図に、誰と誰を入れようとされるか。その神の意図、神のお考えは、人間の理解や、合理的な説明を超えている。神が人をお選びになるときの考えは、まことに不思議と言わざるを得ない。

3節「ユダはタマルによってペレツとゼラを」。ペレツとゼラは双子の兄弟である。タマルが双子を出産したとき、最初に胎内から出ようとしたのは、ゼラであった(創世記38章)。助産婦さんが、出て来た手に赤い布を結んだ。ところがその手はすぐに引っ込んで、代わりにもう一人の赤ちゃんが出て来た。助産婦は、呆れて「まあこの子は、人を出し抜いたりして」と言って、ペレツ「出し抜く」という名を付けた。何かうまい説明がつくかと言えば、まずどんな説明も付けようがない。イエス・キリストの系図。この光栄な系図に含まれる理由を、納得のゆくように説明することは、誰にもできない。そもそも、ユダという人は、ヤコブの12人の子供の4番目。ヤコブには、ラケルとレアという二人の妻がいた。ヤコブはラケルのことを深く愛したが、ラケルから生まれた子供は系図の中には見当たらない。なぜ「ユダ」が12人の中から選ばれるのか。トマス・マンという作家が、『ヨセフと兄弟たち』という長い長い物語を書いた。18年という歳月をかけて、膨大な作品に仕上げた。アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフの時代の出来事を読む楽しみが何倍にもなる優れた小説である。

その中で、トマス・マンは、なぜユダがヤコブの祝福を受け継ぐ人になったか、という理由を探索している。マンの方法は、消去法。長男のルベンはなぜ退けられたか。次男シメオンはなぜ本流から外れたか。それを一つ一つ、消去法で消していって、最後に残ったのが「ユダ」だ、という。しかし、この消去法も疑わしい。ユダは、タマルという女性によって双子の子供を得る。しかし、タマルはユダにとっては嫁にあたる女性。タマルという女性が、舅のユダを欺いて子供を設ける(創世記38章)。ユダという人が、消去法で消されないまま残るか。それは極めて疑わしい。

もう一つ、この系図の中では、見逃すことのできない醜聞がある。6節後半「ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ」。この系図は、ダビデの姦淫の罪をはっきり指摘している。夫ウリヤが戦場に行って戦っている。その間に、ウリヤの妻バテセバと関係を結ぶ。バテセバが妊娠して、困り果てたダビデ王は、ウリヤを一番戦闘の激しい場所に送って、彼が戦死するように仕向ける。聖書のなかで、もっとも忌まわしい罪の実例である。

この系図を読んで、ある人は、アブラハムからダビデまでは上昇する曲線、ダビデからバビロン捕囚までは下降線、と表現しているが、それはまったく違うと私は思う。アブラハムであれ、ヤコブ、ユダ、ダビデであれ、誰ひとりとして、一人の人間として欠点や過ちを犯さない人間がいない。この系図に現れているのは、人間の無能力である。人がいかに混乱した人生を生きるか。その一覧表がここに記されている。ヤコブのように、人を押しのけてはばからない人間がいる。ダビデのように、罪を犯した上に、恥の上塗りをするような王様がいる。

この系図で気づく、もう一つのこと。それは、かなりの人の名前を、もはや聖書の中で確認できない。特に、バビロン捕囚の後、イスラエルは国を失い、民族としての統一を失った。歴史の渦の中に消えてゆくような状態である。名前だけは残ったかも知れないが、しかし、どこでどのように生きた人であるか、確かめられない。有名ということからは程遠い。知られない人物、無名の人物、まことに平凡に生きた人々が、系図の中にかなりいる。平凡であること、無名であることを、決して怖れなくてよい。

しかし、平凡に生きたとは言いながら、苦しみと嘆きの中をさ迷った点では例外がない。苦しみ、恥を忍び、歴史と人生の濁流にのまれて消えて行った人々。そういう人々を、この系図は、辛うじて名前だけを拾い上げて、14代の中に収めたのである。14代、14代、14代と、神さまの側からは、完全なご計画がこのようにイエス・キリストへの道を開いている。しかし、人間の側に焦点を当てれば、完全どころではない。人間の無能力とかたくなさ。そして、罪に対する無感覚が溢れている。自分だけが良ければ、という自己愛の人間たちの群である。高慢と自尊心だけは、人に負けない。そういう生きることの愚かさ、虚しさを、ことごとく集めたような情けない人間の群である。その意味で、このイエス・キリストの系図の中に、私たち自身も確かにいる。私も、この系図から除外されていない。

この系図について、これも例外なく語られる一つの事実は、4名の女性の名前が記されていること。タマル、そしてウリヤの妻(バテセバ)については既に述べた。5節の「ラハブ」。この人は、イスラエルの民がエリコの町を攻略するとき、イスラエルに協力した。いずれにしても、エリコの町の遊女であった。民族の点からはイスラエルではない。そして生活面から言えば、売春を生業としている。これらの女性たちは、人から利用され、虐げられ、そして社会からはのけ者にされている。そういう人々を、イエス・キリストの系図が、はっきり名前を書いて迎え入れていること。そこに、キリストとは何者であるか、ということが極めてはっきりと描かれている。系図は、イエス・キリストとは誰なのか、という謎に初めから回答を出している。キリストは、これらの女性を自分の先祖にもつことを、勿論、恥じておられない。空しい人生を生きた男たちを系図に受け入れた、同じ愛によって、これらの女性たちもイエス・キリストに招かれている。

もう一人が「ルツ」。この女性については、「ルツ記」という、稀に見る美しい文書が、旧約聖書の中に収められている。ルツ記の最後にある「ダビデの系図」という部分も朗読されたが、この系図は、マタイ福音書136節の系図とまったく同じである。しかし、ルツ記の系図には「ルツ」の名前がない。それほどに、つまり系図に女性の名前を入れるということは、イスラエルの常識では考えられないこと。ルツは、自分の姑に真心から仕え、そしてボアズという人と出会う。その物語は、美しい短編小説のような素晴らしい物語である。

しかし、ルツはイスラエル民族ではない。モアブという種族の女性である。モアブ族は、イスラエルの歴史の中で最も忌み嫌われた。モアブという種族の人が、イスラエルの仲間になって共に礼拝するためには、10世代の期間が必要とされた。つまりルツという女性を、ダビデ王の系図に入れることは、イスラエルの常識を超える。むしろイスラエルの歩みを危険に晒す。イスラエルという民族が、純粋な血によって繋がっている、という信念を根本から揺るがす。言い換えれば、イスラエルの民が皆、アブラハムの子孫である、という信念は、この系図で見る限りすでに疑わしい。マタイ福音書39節で、洗礼者ヨハネが語っている。「『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことができる」。人を、アブラハムの子供にするのは、血統ではない。生まれではない。神の赦しと愛による選びである。

この系図に描かれている人間模様は、苦しみと悩みの中を歩む人間の、ありのままの現実である。この混乱、この辱め、この頑なさと、不義と高ぶり。その只中に、イエス・キリストが来られたのである。キリストは、人となって御自身を、このような人間たちに結び付けてくださった。このような人間の仲間となり、隣人となってくださった。

神は、このような恥ずかしいほどの人間たちを、決して散らそうとせず、むしろ呼び集めてくださる。系図に現れているのは、人間の愚かさと悲しみである。系図自身は、どのような意味でも、決して輝いてはいない。むしろ、過ちを重ねて闇の中に沈み込んでいる人間の群像である。神さまの約束だけが、この系図の中で輝いている。神の愛だけが、この系図の中ではっきり浮かび上がる。このような系図を通って、イエス・キリストが、私たちの所まで来られた。それこそが驚くべきこと、それこそが感謝すべきことである。この系図の中に、人間を愛し、いたわり、罪の赦しと恵みを与えようとする神の決意が込められている。この系図の中で、すでに神による伝道が始まっている。神による福音の宣教、良いおとずれの宣べ伝えが始まっている。神が、いかに一人一人の人間を愛して、彼が滅びることを望んでおられないか。神が、私たちのような人間の救いを、どれほど望んでおられるか。神は、私たちのような一人一人を惜しんでくださっている。

ヨハネ福音書316節「神は、その独り子を与えるほどに世を愛された。独り子を信じる者が、一人も滅びないで永遠の命を得るためである」。福音の中の福音、聖書の中の聖書と言われる言葉であるヨハネ福音書316節。その同じ恵み、同じ愛、同じ神の決断が、このイエス・キリストの系図の中心を貫いている。このようにして、私たち一人一人を愛される神に栄光がありますよう。このようにして、私たちを招いてくださるキリストに、豊かな感謝が奉げられますように。 


















  「あなたの、わたしのクリスマス」  マタイ福音書2章1〜12章    

イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。

王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。

「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています『ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。

お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』

そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。

そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。

彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。


学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。
彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。




 (1)聖書の信仰は、非常に内面的なものである。どんな信仰でも、たんに外面的なもので終わるはずがない。私たちは、聖書とキリスト教信仰を求めてゆく場合にも、まずは外から始まる。私たちが聖書を開き、あるいは教会を訪ねてゆくときにも、初めから信仰の内面が理解できるわけではない。一緒に讃美歌を歌い、意味は分からないままで、使徒信条を唱える。意味はつかめないままで、「主の祈り」をささげる。そのようにまずは外から始めればよい。子供の頃から日曜学校に来ている子供たちも、まずは外からイエス様のことを理解し、外から信仰のことが身についてくる。親に連れられて教会に来る。親に教えられて、祈りの言葉を学ぶ。そのように、外から始まったものが、時を経て、内面の信仰に繋がってゆく。

 クリスマスも同じである。クリスマスには、特に外からという要素が強いように思う。ツリーが飾ってあったり、サンタクロースが現われたりする。キリストの誕生の情景が、人形を使って描き出されることもある(「クレシュ」という)。そのように、外からのクリスマスがあり、しかし、やがて外のものではなくて、内なるクリスマスが私たちにも訪れる。外のものが内のものへと変えられてゆく。それが信仰の道である。

(2)今朝の聖書に登場する、主な人物は、東の方からエルサレムにやって来た「占星術の学者たち」である。もちろん聖書の最も内側にいるのは、生まれた幼児イエスご自身である。「占星術の学者たち」は、いわば外側からクリスマスの物語の中へやって来る。ふつうこの学者たちは、3人であると考えられている。讃美歌103番(3節)に「その星しるべに みたりの博士ら メシアを尋ねて はるばる旅しぬ」と歌う。幼児イエスに献げられた贈り物が、「黄金、乳香、没薬」という3つの種類だったことも、3人という数の根拠になっているようである。

この人びとは、東の方で「その方の星を見た」という。「ユダヤ人の王」として生まれた方、その方の星を見て、わざわざ拝みに来たのである。星を見ること、星を観察して世界や人生の知恵を学ぼうという人びとである。もとの言葉では「マゴス」「マギ」と記されていて、英語の「マジック(魔術・奇術)」もそこから生まれた言葉である。魔術というと少しいかがわしい感じになるが、大昔の世界では、天文学や占いに通じたこの人々は、一般の人からは尊敬され、恐れられてもいた。

(3)この人々が旅立ったのは、「東の方」。いわゆるバビロン、今ではイラクという国がそこにある。旧約聖書の時代には、イスラエルの国が、このバビロンによって滅ぼされ、多くの人々がバビロンに捕われて行った。紀元前586年の事件である。やがて何十年か後に、バビロンが倒れて、イスラエルの人々は解放されて祖国に戻ってくるが、その解放の後も、祖国に戻らないでバビロンの地方で生活したイスラエル人もあった。いずれにしても、イスラエルの人々がバビロンに捕われていた間に、旧約聖書の教えが、その地方に伝えられるということが起きた。何よりも、旧約聖書に描かれている救いの約束。やがて神からメシアが送られてくる。そのメシアは、単にイスラエルの国を救うのではなく、世界を神の恵みの中へ連れてゆく、大きな救いを成し遂げる人である。

バビロンの事件から580年あまり後に、この占星術の学者たちは、ついにユダヤ人の王として生まれた方の星を見つけた。どのような星であったか。さまざまな議論が行われてきた。超新星の爆発だったとか、一番穏健な考えは、土星と木星が、重なって見えるたいへん珍しい現象(相合そうごう)ではないかという。プラネタリウムで星を映し出し、年月を逆にして巻き戻してゆくと、紀元前4年か7年ごろ、土星と木星の「相合」という現象があったことが分かっている。

(4)それにしても、バビロンからユダヤまで、距離にして2000キロメートル。北海道から九州の端までにも相当する。今なら飛行機や列車、自動車の旅である。仮に歩いてごらんと言われたら、とてもできない。もちろんこの学者たちも、歩いたわけではあるまい。駱駝か何かの動物を使ったに違いない。しかし、バビロンからエルサレムまで、その多くは砂漠や岩の多い道である。食料を積み、案内人を雇い、大変な準備をして旅立たねばならない。費用も並大抵ではなかったはず。

まだ信仰のことが、理解できていたとも思えない。500年も昔から伝えられた言い伝えを信じ、そしてこの星が「その方の星」だと信じて、旅に出発したという。キリストを求めて旅立った、この学者たち。彼らの姿は、聖書の描くクリスマスの情景の中で、最も心を打つ。どんな憧れがあって、この旅を決意したのだろうか。生きるためには、まだ自分たちの知らない真理があるはずだと信じた人々である。占星術の学者として、多くの知識をもっている。地位も、財産も、人びとの尊敬も、どれ一つとして不自由のない人々が、キリストを訪ねる旅路を決意した。命がけの旅に出発したのである。そのひたむきさ。愚かなほどの生真面目さ。それが私たちの胸を打つのである。求めるというのは、こういうことなのか。生きるとはこういう旅路なのか。命をかけて顧みない、そのひたむきな憧れと情熱。それが私たちの心をしっかりと捕まえる。

(5)この学者たちの出現を、エルサレムの人々がどのように受け止めたか。当時、ユダヤを支配していたのは、ヘロデという王である。紀元前37年から紀元前4年まで、エルサレムを中心にユダヤを治めた。この人は純粋のユダヤ人ではなかった。半分だけユダヤ人だった、と言えばよいか。ユダヤ人からは疎うと まれながら、しかし政治家としては有能で、策略家でもあって、自分の権力を巧みに強くしていった。

とくにローマ帝国の皇帝との駆け引きに巧みで、ローマに敵対しないで、なんとか自分の支配を認めさせようと立ち回った。経済も面で、ユダヤを安定させ、多くの建築工事を行い、いわば「公共工事」の点でも業績を残している。美しい町、立派な宮殿と神殿をつくり、エルサレムを頑強な要塞の町にしている。しかし、自分の権力を守ることにあらゆる力を注いだために、少しでも疑わしい者は、容赦なく殺害した。仲間を殺し、妻を殺し、その子供たちを次々に3人も殺して、自分の周りからすべての心配を取り除こうとした。つまり、それほどに大きな不安に駆られていたということ。

(6)ヘロデ王が不安に駆られたことは、理解できる。しかし、ヘロデ王だけでなく、エルサレムに住む住民たちも同じように不安を抱いたという。一体なぜか。一つには、人々が変化を恐れたことがあるのではないか。ヘロデ王のもとで、そこそこに安定した生活が与えられている。経済はやや安定している。外交の面でも、ローマ帝国との間で、これといったいざこざがあるわけではない。救い主・メシアを待ち望む信仰を失っているわけではないが、しかし、今の安定した状態がひどく崩れてしまうことは困る。世の中が平穏で、無事に過ごせるなら、そのほうが良い。今よりも状態が悪くなるぐらいなら、今のままで良い。そういう気持ちから言えば、どこかで「ユダヤ人の王」が生まれたという話は、手放しでは喜べない。

人は、変化することを嫌う。できるならば、今のままが良い。自分が変わらなければならないということは、非常に大変なことである。変わるためには、自分を否定しなければならない。今までのままを続けていれば、自分を変える必要はない。神の恵みを受ける、ということは、決してありきたりの幸せを受けるということではない。信仰によって生きれば、何事もなく順調な人生が与えられるか。そんなことはない。信仰に生きることは、困難と試練を伴う。聖書は、どこを学んでもその証拠に満ちている。

(7)パスカルという人は、17世紀の人である。天才的な数学者・物理学者、そしてイエス・キリストへの信仰の点でも、驚くべき深さと激しさに生きた人である。わずか39歳で亡くなって、晩年の4年間は、病と苦しみのなかで過ごした。この人が、「病の善用を神にねがう祈り」という文章を残している。私がこれまでに読んだ、わずかばかりの人間の言葉の中で、最も深く痛切な文章である。「わたしの肉体が味わっているこの苦しみ。それだけをあなたに見ていただきたい。私が受けているこの苦しみだけが、あなたから愛していただくに足る唯一のものなのです。私の苦しみをいとおしんでください」(著作集1巻、247ページ)。

「わたしは衰弱しており、あなたを外側へさがしに行くことはできませんから、わたし自身の内側で、あなたとお会いすることができますように」。ここにも、内側と外側ということが出ている。もはや外側に出て行って、神さまを訪ねることはできない。礼拝にも行けない状態である。信仰に生きることは、体や心や精神の楽しさを、かならずしも保証しない。そのことを、パスカルほど厳しく味わった人はあまり多くない。自分が病気である。それ以外に、私には何も取り柄がない。パスカルはそう言っている。信仰とは何かを、非常に切り詰めた、突き詰めた姿で考えさせてくれる。

(8)エルサレムの人々は、自分を変えたくない。苦しみたくない。今のままが良いと考えた。だから、救い主などと言われる方が来られることを、有難く思わなかった。むしろ迷惑だったのである。

エルサレムの「都」には、新しく生まれた王はいない。それを知った東からの学者たちは、教えられた通り、エルサレムからまた旅を続けた。しかし、エルサレムからベツレヘムまでは、わずか8キロメートルほどの距離である。距離にすればわずかな違い。しかし、その中味は大変な違いである。エルサレムには、見事な宮殿があり、立派な神殿がある。このエルサレムこそ、ユダヤ人の王が生まれるのに相応しい。東の学者たちも、初めはそう考えたのではないか。彼らが、黄金・乳香・没薬という、一番高価な宝物をもって来た。それは、自分たちが訪ねてゆく王様が、豪華な宮殿に生まれるはずだと信じていたからではないか。

予想は外れた。ベツレヘムは、エルサレムとは比べものにならない、小さな田舎町。こんな場所に、自分たちが求めている、世界の幸せがあるのだろうか。意外と言うより、肩透かしを食ったような、裏切られたような思いを抱いたのではないか。自分たちが期待したようなものとは、全く違う場所に、彼らは導かれた。

(9)聖書を学びながら、私たちも、自分の幸せについて考えている。人は、どうなれば幸せと言えるのか。私たちは、自分の幸せや救いを求めるとき、まずどこへ向かって行くだろうか。日々の生活の中で、私たちは、一体どこへ行こうとしているのか。何に目を向けているのか。何に、自分の価値を求めているのか。学者たちは、生まれたはずの王様を「拝む」ためにやって来た。私たちは、何を拝むつもりなのか。何を崇めているのか。自分の楽しみを、どこに求めているのか。「あなたの宝のあるところに、あなたの心もある」。キリストはそう教えられた。私たちの足が向かって行く場所。そこに、私たちの宝がある。そこに私たちの心がある。そこに、自分が崇めたいものがあり、拝みたいものがある。それは、仕事だろうか。自分のプライドだろうか。娯楽だろうか。名誉だろうか。お金だろうか。

「私の中のクリスマス」。いったい私たちそれぞれのクリスマスは、どこにあるのだろうか。きらびやかな都エルサレムにあるのか。それとも、エルサレムとは比べものにならない、寂れた田舎町ベツレヘムか。エルサレムには、人の心を引き寄せ、くすぐり続ける魅力がいっぱい詰まっている。人が集まり、お金が集まり、物が集まる。人が憧れ、うらやむ。そういう場所を、私たちも目指すのだろうか。自分のクリスマス。私たちは、どこでクリスマスを迎えたいと願っているのか。それが問題である。

(10)東から来た学者たち。この人たちも、クリスマスをどこで迎えるかを、改めて学びなおすことが必要だった。エルサレムの、きらびやかな宮殿で、生まれたばかりの王に出会えると思っていたのである。しかし、そうではなかった。ベツレヘムという小さな村に、その方はおられた。わずか8キロの違いである。2000キロの旅をして、最後に、わずか8キロメートルの違いが生じた。そして、この違いは決定的である。この違いを理解すること、この違いが分かること。それが聖書の信仰である。最後の詰めを、誤ってはならない。

ベツレヘムで、学者たちが出会ったのは、自分たちが予想したものとは違っていた。この時には、すでにイエスと両親たちは、ベツレヘムのどこかの「家」に住んでいる。馬小屋でもなく、飼い葉桶でもない。学者たちが、不思議な星を見つけて旅を始めた。長い旅路である。すぐに旅立って、一日20キロの速さで進んでも、100日かかる。このあと、ヘロデ王は、ベツレヘムとその周辺で、2歳以下の男の子を皆殺しにする。「学者たちに確かめておいた時期に基づいて」(16節)。だから、もしかしてイエスは、2歳近くになっていたかも知れない。11節に「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた」とある。生まれたばかりの赤ん坊のことを記すのに、「母と共にいた」というのは少し違う気がする。一歳も過ぎて、もう歩いていたかも知れない。

(11)しかし、学者たちが見たのは、エルサレムの宮殿とは大違いであった。貧しい家族の暮しがそこにあった。学者たちの心に、戸惑いはなかっただろうか。これは違う、何かの間違いではないか。もっと別の救い主がいるのではないか…。しかし、彼らは母マリアと共にいるイエスを礼拝した。ここに私のクリスマスがあると信じた。星の導きを信じた。聖書に記されている「ベツレヘム」という言葉を信頼した。何よりも、自分の目で、イエスという幼子を確かめた。この人の前に、ひれ伏してよいと納得したのである。

学者たちは、長い経験と知識を積んだ人々である。自分の経験だけに頼っていれば、目の前にいる幼子を礼拝することなどできなかったはず。「ひれ伏して拝んだ」とある。土下座したのである。地面に這 いつくばった。人が見たら、何と思っただろうか。狂気の沙汰と思われても仕方ない。地位も名誉も学識も富みもある、学者たち。そういう人々が、恥も外聞もなく、身を投げ出して、幼子イエスを拝んでいるのである。

(12)パスカルという人が、イエス・キリストに託した祈りも、これと同じであった。パスカルは、人間の歴史の中で、おそらく最も優れた才能をもった人であった。しかし、イエス・キリストの内に見いだされる恵みと真実にまさる何ものもないと、堅く信じて疑わなかった。「われわれは、ただイエス・キリストによってしか神を知ることができないばかりでなく、またイエス・キリストによってしかわれわれ自身を知ることができない。われわれはイエス・キリストによってしか、生と死を知ることができない。イエス・キリストをよそにしては、われわれは、われわれの生が何であり、われわれの死が何であり、神が何であり、われわれ自身が何であるかを知らない」(『パンセ』断章548)。才能も名誉も、何もかも投げ打って、イエス・キリストの前に自分を投げ出したのである。

「あなたの中のクリスマス」。私の中のクリスマスは、どこにあるのか。私たちは、何を拝もうとしているのか。何を追い求め、何を探し、何に満足するのか。それが、深く痛切に問われている。クリスマスは、このような深い問い掛けが、私たちに届く季節である。

(13)東から来た学者たちは、その問い掛けに、見事に答えている。大切に持ってきた、黄金、乳香、没薬の贈り物を、惜しまずにキリストに献げた。そして、夢で神のお告げを聞いた。「ヘロデのところへ帰るな」。その言葉に従って、「別の道を通って」自分たちの国へ帰って行った。

学者たちの歩みの中に、私たちは、聖書の信仰の大切な道筋を見ることができる。信仰の進む段階と言ってもよい。第一に、彼らは救い主を求めて旅をした。第二に、星の導きを信じて、幼子を自分が探していた救い主と信じた。第三にイエスを拝んだ。第四に宝物を幼子に贈り物としてささげた。第五に、神のお告げに従った。

それは、私たちが、キリストを求めて歩む旅路に、そっくり置き換えることができる。第一に、私たちは神を求めて教会に集ってきた。第二に、イエスを私たちの救い主と信じる。第三に、イエスを人生の導き手、まことの友として愛しそして礼拝する。第四に、与えられた力に応じて神とその御国のために働く。第五に、日々の生活の中で、神の言葉に従って歩む。つまり自分のことばかりに夢中になる生活から、キリストを信頼し、神の導きに従う生活へと、私たちの歩みが変えられる。学者たちが、もうヘロデのところには戻らずに「別の道」を歩いたように、私たちも、別の道を歩く生活が始まっている。

(14)キリストが、私たちの心に、私たちの生活に、来てくださった。そして、私たちの罪の赦しのために、十字架の道を歩いてくださった。十字架にかかり、3日目に死人のうちから復活された。人間の常識では理解できない神の愛。そのような愛を信じて、私たちも別の道を歩いている。毎年、クリスマスの度に、私たちは、自分の道を確かめるのである。ヘロデの宮殿に向かう道ではない。ベツレヘムへと向かう道に、私たちはいる。私たちを愛して、命さえ惜しまれないキリストが、私たちを待っておられた。そして、ベツレヘムから始まる新しい道を、すでに歩いている。