舞い散る花弁の中で、確かに俺は少女にあった。






ハラハラと、視界を掠めていく花弁。
その中に埋もれているのは、あの、女。
そう。
あの時も、こうやって  桜が舞っていた  はず。
「美人だなー」
唖然として立っている仙一を横目で見ながら、景は感心する口調で言う。
けれど、仙一には届いていないかのように、ただ少女を見つめるだけだった。
目を離せない、といったような。
(珍しい  )
ふと、景は思う。
あの、何事に対しても無関心な仙一が、だ。
しかも、彼女に。
そんな時に、少女がこちらを振り向いた。
あまりにも自然すぎて、逆に気づかないほどに。
ふわっと髪が花弁とともに空を切るのがスローモーションに流れ、自分もいつの間にか見入っていたのだ。
そしてそのまま少女は自分たちに微笑む  いや、本当に自分たちに向けて  なのかは分からないけれど。
そう錯覚されてもおかしくないような笑み。



けれど。直感は当たるのだろうか。



「こんにちは」
「…こんにちは」
「また、会えましたね」
「また……?」
「ええ。また、ですよ」

入学式のことを指しているのだろうか。
それとも、別の  

「お会いしたかったんです」
  俺に、ですか?」
「はい。貴方に……いけませんか?」
「……いいえ」
それで、会話は途切れてしまった。後は、花弁が舞うだけの空間となる。
景は二人の会話に怪訝そうな顔をしているし、少女はさっきから笑っている。
それだけで、時が止まっているようで、けれど、花弁が時の流れを教えてくれるような。
いや、リピートしているだけなのかもしれないけれど。






現実に引き戻してくれたのはチャイムの音。
それに合わせて時計を見れば休み時間終了の時刻を指していた。
ちょうど、さっきまでいたはずの少女が消えていて、いつ去っていったのかは二人とも知らない。
ほんの一瞬の間。
現実に触れたら、夢は消えてしまったのだろうか。

「…いたよな」
ぼそり、と。景は仙一に尋ねる。
「…ああ」
確信を持って言えるはずなのに、どうも不安をぬぐい去ることができない。
辺りを見回しても、校舎への道を見てみても、彼女の姿は見つけることができなかった。
二人して幻覚でもみたのだろうか?
  否。それはない。
彼らはそれだけははっきりと言えた。
確かに少女はいたし、話をしていたのだ。
そして彼女は    と思うところで、景はある疑問に突き当たる。
「お前、いつの間にあの人と知り合いになったんだ?」
「入学式」
「……サボってたらと思えばねー、なるほど」
「気づいたら隣に座ってたんだ」
「…それで?」
「告白された」
「そうか    ってオイ!?」

ちょっと待て。
まるで今日は晴れだとでも言うようにサラリと言い放ったコイツはただ者ではないと思うのは俺だけじゃあ無いはずだ。
おかしい。そう、何かが違う気がする。

「……知り合いだったのか?」
「いや?初対面だ」

ますますわけが分からない。

「彼女はお前のことを知っていたのか?」
「さぁ。多分知らないだろう。中学も…多分違うんじゃないのか?」
「違うな」
あんな美人なら仙一が知らなくても自分が知らないわけがない、と景は思う。
仙一も分かっているのだろうか、断言する景を信じた。
「で、お前は何て言ったんだ?」
「何  とは?」
「いや、だから。告白の返事」
さすがに仙一でも「はい」か「いいえ」ぐらい言えるだろう。
今日の彼女の反応からすると……まさか、とは思うが。
だが、さすが親友  といったところだろうか。
期待は見事に砕いてくれるのである。



「していない…というか、気づいたらいなくなってた」



流石だ相棒。



ついでに、嫌なことまで思いついてしまう。
けれど聞かないわけにはいかなかった。



「彼女の名前は?」






「知らん」






北野仙一。
物事に無関心な男。
今日も我が道を行く幼馴染みをこれほど心配した日は、久留須景にとって生まれて初めてだった。






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