ただ少女は走った。
足の裏は土と血で赤黒い。
素足のまま駆けて行くが、小石が傷口に滑り込み、一歩踏み出すごとに悲鳴を上げる。
しかし走った。走るしかできなかった。
重く、鉛の付いた足を引きずりながらも。足自体さえ鉛と化しているのに、かまわずに走り続ける。
耳に付けられていた番号札のピンを引きちぎってきたせいか、ジンジン唸った。


時々少女は思う。どうして自分は走っているのだろうかと。
だが、銃弾が頬をかすめていくごとに微睡んでいた意識を引きずり出して、暗黒の世界へ連れ戻すのだ。
自分は追われているのだと、ハッキリ言い聞かせてくる。
そんな繰り返しをしながらも少女は走った。  いや、走るつもりだった。
だが、始まりがあれば終わりもあるわけで。


ダンッ。
そう、これは一つの銃声。始まりの音だろうか、それとも  終わりの音だろうか。
気が付くと足が紅く染まっており、恐る恐る触ればぐちゅっと音を立てる。
  ああ、そうか。
ガクッと身体が前へ傾いた。
  私は当たったんだ。
そのまま、ゆっくりと、大地へ、還っていくように、崩れ落ちた。


相変わらずの地面の冷たさと身体の叫びがよく分かる。
うっすらとしか開かない少女の瞳には、川の向こう岸しか映っていない。
じゃり、じゃり。
ボロボロになった爪で強く地を引っ掻いた。少しでも…と、身体を引きずって進もうとする。


パンッ。
少女の手の甲が弾けた。彼女にとってみれば、大きな穴があいている。
この手はどうやらもう、使えないらしい。


ざっ、ざっ、ざっ。

ざわざわ、ザワザワ。


下品な声に、不揃いな足音  耳に触る。


  暫。


何かを斬った空気の揺れが、少女の肌の上を一瞬にして走った。
そして真っ赤なスコ−ルが降り注ぐ。

『コレデ、終ワリ、ナンダ。』

そう思い、目を閉じた後、そのまま少女は闇の底へ沈んでいった。
物音はもう無い。さっきまでの五月蠅さが嘘のように。
偶然か、必然が  いつの間にか朝日が昇り、彼女を包んでいた  それだけだったけれど。
川の水は光を反射し、皮肉なほど輝いていた。