「一つだけ…言っていいか?」



いきなり出てきた言葉に一瞬うろたえる。
「いいよ」
少しためらいなのか間をあけ、そしてまた話し出す。
「お前にそう言った少年は今見たお前の隣にいたヤツだ。だが……けしてお前をそんな風にするために言ったわけではない。あの時は、励ますつもりだった…んだ。まさかお前がこんなことになるなんて思ってなんか    
「分かってるよ」
ふいに南がこたえ、今まで見たこともない驚きの表情が、見えたような気がした。
クスクスと笑い、ゆっくりと立つ。
「分かってるよ。その子は私を励ますつもりで言った。  だが、私が大きくとらえすぎたわけ。ってことでショ?」
「いや…全てお前の責任というわけでは…」
「だったら誰も悪くないんだよ」
誰かのせい、なんて押しつけあっていたらきりがない。
笑っちゃうよ。



そういえば    






「名前」

「は?」
これが一番求めていたものかもしれないね。
どこに居るのかも知らないのに、居ると思う方向へ向いてしまう。
「あなたの名前。私聞いてない」
「そりゃ言ってないからな」
ごもっともなこたえである。
「だから教えてよ」
「それは無理だ」
しばらくの沈黙。
この人は自分に喧嘩を売っているのだろうか。
「どうしてそういうこと言うのかな」
顔が引きつっているのが嫌でも分かる。
「別にお前に名乗りたくないと言うことではない」
だったら言ってくれてもいいのに。
「言えないから」
「え?」
「俺は本当はもう一人のお前を連れにきただけだ。だからお前の夢の中に入った」
「連れて行くって…何処へ?」
「夢の中の…世界、といったとこだろうか」
それはさっき聞いたようなきがする。
「ここも夢の中の世界なんでしょ?」
「そうだが…まあ、あえていうと「夢」という世界の中に共通の場所がある。そこへもう一人のお前を連れて行くためにここへきた」
「それだとどうして名前言ってくれないの?」
「禁じられているから。南とこうして話していること自体禁じられている」
だったら  
「消すんだよ。記憶を。だから名乗ってもしょうがないし、名乗ってはいけないんだ」
「!?」
どうして?と言いたかったが、言葉にならない。
代わりに思ってもいなかった言葉が発せられていた。
「私はこれからどうすればいいの?」
聞いてもあまり意味がないようだったが一応聞いておこう。
「それは、お前自身がよく知っているよ」
どういうことだろう。
「あなたの言うこと、よく分からない」
「いいんだよ、それで。悩め。そして答えを出せ。知っているのが自分なら答えは必ず出てくるだろ?」
「そういうもん?」
「そんなもんだろ。俺はそう思っているしそうであって欲しいと思う」
案外人生というものはちゃんとできているかもしれない。
「意外な答えだね」
「受け売りだ。お前のな」
「ええ!?」
「この言葉、お前から聞いたんだよ。人に言っといてそれはないだろう」
残念ながら覚えがない。
だが、いちいち責任なんて持っていられるだろうか。
「今は…何故連れて行くのとか答えてあげるわけにはいかないが、いつかまた会えるから。その時になったら全てを話そう」
「会えるかなんて分からないよ」
「決まってるんだよ。もう一人のお前とお前はいつか必ず一つになるんだから。その時会えるさ」
「本当?」
「ああ」
「絶対に」
「ああ」
「信じちゃうよ?」
「ああ」



全部同じ答え方だけど、それが一番欲しかった言葉。







だから  











「信じた」











ね、

今、私

笑っているかな



ねえ    












「おはよ」
「……ありゃ?」
場所は図書室。辺りは机と椅子。そして目の前にいるのは 深久。
「おはよ…ってもしかして朝!?」
「なわけねーだろ」
よく外を見れば空が茜色になっている。
世間一般では夕焼けという空だ。
「あ…もしかしてしなくても寝てた?」
「ああ」
恐る恐る訪ねるが、即答され気まずい。
深久の顔は笑っていたが声が笑っていなかった。
「メール送ってから?」
「ああ」
「ずっと?」
「ああ」
「……」
冷や汗が滴れ落ちる。
「他に言うことはもうないか?」
「ゴメン…なさい」
はあ、と深くため息をつかれ、言葉も出ない。
「レポートの途中だったのにな」
「て、手伝わせていただきます」
「お前が寝てる間に終わらせたよ」
「うぐ……」
だったら言わなくてもいいのに。
「そんなこと言える立場か、お前は!」
「なっ、なんで分かったの!?」
あれ…このパターンどっかで。
「さて、な」
「もしかして顔に出てた?」
このセリフは確か今、
「それもある」
「じゃあなんで?」
答えは多分
「「カンだ」」
ね。
ふいを打たれたかのような顔。
「おまっ……なんで…?」
「秘密だよぅ」
クスクス笑う。
新しい悪戯を見つけたかのような。
「…もしかして    !?」
「もしかして、何?」
珍しく慌てる深久。
なんか勝ち誇った気分。
気持ちいいと思うのは性分が悪いだろうか。
「いや…なんでもない」
「変な深久〜」
そしてまた、笑みをこぼす。
そしてふと、脳裏を横切ったものを口にする。
「ねえ、深久は夢の世界って信じる?」
「は?」
突然何を言い出すんだ、と言いたげな顔。
「んー、今ね、夢…っていってもあやふやにしか覚えてないんだけど。そんなようなこと言われたから」
「…医者へ連れて行った方がいいか?」
「どうしてそういうこと言うかなあ…」
まったくもって信用されてないらしい。
「寝言は寝て言えよ」
「寝てももう言わない!」
ふいっとそっぽを向くと、深久に笑われた。
直ぐに流れを奪われるのはすごく癪にさわる。
「む〜、深久なんて…」
「…なんて……の続きは?何?」
見透かされたような瞳。
分かっているのにわざと聞く彼。
「南…?」
すっと深久の正面に回ると有るだけの重さを彼の体に注ぎ、
「…大ッ嫌い…」
消えそうな声で耳元にそう伝える。






      






風のように、ガラス越しのような

分かるか分からないか紙一重の差の

それでも  



  なっ、南!?」



今までコレが一番効くみたい。
っと言っても試したのはこれが初めてなのだが。
結果が良ければ後はどうでもよかった。
「じゃ、お二人さん呼んでくるから頭でも冷やしててね」
パタパタと廊下を駆けていく。
後に残るのは沈黙と…



「こんなのありか…?」



風に消された一つのぼやき。