何だろう……体が宙に浮いてて軽く感じる。
空気が柔らかくて、綺麗で…
何だろう……
一体これは  




「お……ろよ…」

    誰?




「起き…よ…」

この声…どこかで    




「起きろ…よ」

この声は      









      !?」
ガバッ。
頭が重いとか、体がだるいとか、いっさい関係なくとっさに起きあがる。
そして慌てて辺りを見渡すが…
「暗い…」
そう、真っ暗で視界には色がない。
黒、という文字が今まで見てきたもので一番合うと思う。
いや  そんなことよりも、

「ねぇ、いるんでしょ?」

「ああ」
やっぱり彼はいた。
「ここは何処?どうして…あなたがいるの?」
「お前が呼んだから。ちなみにここはお前が創った世界」
私が……?
「要するに、夢の世界ってとこ」
彼が言うからだろうか、響きが悪い。
「…どこに  いるの?」
「お前の後ろ」
      !!
ドキッとして振り向くが、やはり見えるわけがない。
「誰もいないよ…」
「お前に見えてないだけだ」
「じゃあどうしてあなたは私の後ろにいるって分かるの?」
「俺には見えるから」
相変わらずまともな答えしか返ってこない。
「それ…なんかずるい」
「どうしてそう思うんだ」
「そんなこと…」
私はこんな話ししたい訳じゃないのに
「どうしてそんなこと…聞くの?」
なんだか胸が苦しくなる。
「泣きそうな顔をしているから」
そっと、何かが南の頬を触れる。
「泣きたいのに、泣けなくて苦しんでる…そんな顔をしているから」

パキン    

板状の物が割れるような音が心に響く。
「な、泣きたくなんかない!」
今まで出したことのない大きさで言う  否、怒鳴ってしまう。
    っ…」
なぜだろう。この人に会いたかったのに、会うと頭の中が混乱して、何考えてるのか分からなくなる。



「泣けないと本当には笑えない」



「……え?」



この人は何を言っているのか。
分かりたい気持ちと分かりたくない気持ちが入り乱れるような  そんな感覚が体中を襲ってくる。
頬に触れていた物がすっと消えると、
「お前は…失ったと思っているが、そうじゃないんだ」
ゆっくりと、かみしめるように彼は話しだした。
時が止まったように。でも、動いてる。
見えるはずのない彼が見える。そんな気がする。
「失ってなんか…消えてなんかない。むしろ、あふれるほどたまっている。それを、おまえは「もう一人の自分」を創ってその中に溜めた」

パキン

また、砕け散る音。
何かが頭の中を駆けめぐっていく。



「…もう一人の私…?」



恐る恐る胸に手を当てて、無意識に鼓動を確かめた。
周りを見渡しても、やはり何かが見えることなど無い。
「もう一人のお前は笑ったり泣いたりしている。もちろん今でも。だがお前は、溜めすぎたんだ。それが少しずつあふれ出してきた。しかし長年感情というものを現していなかったせいか、どうやれば現せるかお前の心が理解していなかった。だからうまく現すことができないだけだ」






私が…笑ってる    






今自分は一体どんな表情してるだろう。
笑ってるだろうか。驚いているだろうか。
そんなことは分からないが、無意識にそうなっているかもしれない。
「……嘘」
おどろいた。自分はこんなにも単純だったのか。
「でも、何で?」
そもそもなぜ閉じてしまったのか。
自分をもう一人創ってしまうほどの出来事があったのだろうか。
我ながらけっこう神経は図太い方だと思っていたが実際はシビアだったのだろうか。
似合わないなーと情けなく思うが、そんなことよりも…「どうして?」と心の中でもう一度訪ねた。
「……それは……」
「?」
珍しく言葉に詰まる。
ちょっと新鮮なかんじ。
「…言わないとダメか?」
困っているのか分からない相変わらずの口調だが、南には面白おかしく聞こえた。
ああ、やっぱり彼も人なんだと。
そう思えることがなぜか安心させる。
「ダメとは言わないけど知ってるなら教えて欲しい」
なにせ昔の記憶がほとんど失っている南にとって、理由すら分からないのでは納得もできまい。
「そうお前はある人物から言われたから、泣くのをがまんした。それが原因だ」
「はい?」
もうちょっと前置きを言って欲しかったなぁ。
そう苦情を告げようとしたが、それよりも先に言われた言葉が身体全身を突き抜けた。
「……涙が出るのは弱い証拠。南が弱かったら天国に行けない、と…」
           
雑音なのか、何か意味のある音なのか、それともどちらとも違う他の何かなのか分からないが、とにかくあらゆる音が耳の中を、頭の中を、最大限に響かせる。
その中から何か文字が流れてきた。







ナミダガデルノハヨワイショウコ。



イツマデモナイテイタラオバサンタチハテンゴクニイケナイ。



ナイチャダメダ。









そう言われたから、泣くのを止めた

悲しみも苦しみも、全てを

もう一つの自分の中に押し込めて

封をした

それが膨らみすぎて

でも

どうすることもできなくて

ただ    






パキン






「あ……」




幼い時の自分。
目の前に映し出されていたのはまぎれもなくそうだった。

「笑ってる……」

自分でも忘れてしまった無邪気な笑顔。



パキン



隣にいる男の子。

二人並んで笑っている。



パキン



喧嘩して

泣いて

そして再び

笑う



そんな幼いままの自分が

だんだんハッキリと



パキン



ハッキリと見えて



パキーン









「これ…がもう一人の私…?」
「開いたか、蓋が」
完全に。









閉じていた自分は笑っていた。羨ましいくらいに。