中央アルプスを行く 1996年夏 (その2)

 

 中央アルプスは花崗岩の山脈です。随所に大きな岩が現れ、また白い砂礫が多いのも特徴です。森林限界を超えた尾根の景観は、アルプスの名にふさわしいものです。

6.尾根道縦走

 「極楽平」と呼ばれる広く明るい場所から南へ進むと、「島田娘」という峰です。春には同名の雪形がこの東斜面に現れます。小ピークと思いきや、ここからかなりの急降下となります。ちょっともったいなく感じます。次待ち受けるのが「濁沢大峰(ニゴリサワオオミネ)」。岩がゴツゴツと突き出た山です。ここからまた大きくに降下。地図で見ると2536mまで下がることになりますので、千畳敷よりも低いことになります。そこから次の「檜尾岳」までは登り一辺倒。私が写真を撮るので、同行の友人とは違うペースで歩きました。檜尾岳山頂に先に着いたのは私。なだらかな場所で、東側に避難小屋が見えます。そこで昼食を作って友人の到着を待ちました。相変わらず南アルプスが横たわっていますが、やや霞んできました。


<縦走路の向こうに空木岳と南駒ヶ岳>

 やがて友人も到着。出だし好調だった彼も、登りでちょっとバテ気味のようです。昼食をとって、私はすぐ出発することにしました。というのも、山小屋に4時半には入らないと、夕食にありつけないからです。私だけでも先に行って、彼にはゆっくり来てもらうことにしました。とはいっても12:30でしたので、ゆっくり歩いても間に合うはずです。次の「大滝山」でも休憩しながら、さらに「熊沢岳」へ向かいます。この縦走路でずっと前方に見えていたこの山は、近づくにつれて、山頂に特徴的な岩の重なりがあるのがわかります。さすがに私も疲れが出て、山頂に着くなり岩の上でちょっと横になりました。


<熊沢岳>

 「木曽殿山荘まで2時間」と書かれています。コーヒーを沸かして休憩をしながら、しばらく友人を待ってみました。けれど、姿すら見えません。 仕方がないので、そのまま出発しました。「熊沢五峰」と呼ばれる小ピークをいくつか越えますが、アップダウンはきつくありません。そして本日最後となる「東川岳」に到着です。目の前には空木岳がそびえ、足下深く谷を刻んでいます。右の南駒ヶ岳も、ダイナミックな姿を見せています。目的地である「木曽殿越」という鞍部も見えますが、かなりの急降下を予感させます。

 
<空木岳と深い谷>

 まさに壁を降りるようでした。登りには使いたくないと思いました。ザレている斜面を降りると、最低鞍部に到着。赤い建物が「木曽殿山荘」です。なんとか4時に到着できました。この日歩いた尾根道は、左右に展望の開ける素晴らしい縦走路です。また人もそんなに多くありませんでした。ところどころに小規模なお花畑もあり、目を楽しませてくれました。難点といえば水場が無いことくらいです。

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7.木曽殿越

 「木曽殿」とは「木曽義仲」のことであります。この武将が、中央アルプスの大キレットと言えるこの鞍部を越えたという伝承から、「木曽殿越(キソドノゴエ)」という名が付いたのです。ここに建つのが、中ア南部では最大の営業小屋「木曽殿山荘」です。とはいうものの、工事現場のプレハブと同様の作りで、決して大きくはありません。1階は食事の場所、2階は寝るための大広間。それだけのソンプルな構造なのです。30人も入れば窮屈という感じです。


<木曽殿山荘>

 けれども、この小屋の世話をしてくださる奥さんと娘さん二人は、本当に気持ちの良い対応をしてくださいました。もうそれだけでこの小屋が素晴らしい場所だと感じました。この日の宿泊客はかなり多く、布団1枚に2人が寝るという状態でした。今年は異常に人が多いとのこと。NHKで「百名山」が放映されて、空木岳がメジャーになったからでしょうか。正直言って、3人で切り盛りするには大変な様子でした。小屋の近くにある「義仲の力水」で、明日の行動用の水を水筒に補給。これが本当に美味しくて、力の出そうな水でした。さて夕食の時間5:30になっても友人が到着しません。6時まで待ちましたが来ません。片付けのこともあるので、私は食べて、彼の分はおにぎりにしてもらいました。外はガスが出てくるし心配です。すると、ガスの中から人影が!

 友人はかなりバテている様子。食事も喉を通らないということ。作っていただいたおにぎりをラップに包んで、後で食べることにしました。彼はもう登れないと言います。木曽殿越からは木曽側にしか下山路はありません。相談した結果、彼は伊奈川ダムから須原へ下ることにしました。私はクルマもあるので予定通り空木岳〜池山尾根下山です。やはり、彼にとって今年初めての本格山行はきつかったのかもしれません。申し訳ないと思いながら、8時に就寝となりました。あまり良く眠れないのはいつものこと。それも知らぬ間に朝になるから不思議です。3時頃から動きだす人たちがいます。空木岳山頂で御来光を見ようということのようです。4時半頃に私も外へ出てみました。東の空はもう明るくなっています。空木岳の上にはオリオン座がありました。夏にも時間によっては見えるのですね。山を登る人のライトの光が動いています。


<木曽殿越での日の出>

 5時過ぎ。鞍部なので視野が狭いのですが、ちょうど東の方向に八ヶ岳連峰が見え、その右から昨日同様に日が昇りました。5:30から朝食。今朝は友人も食欲が回復したようです。今日の予定を再確認。やはり彼は空木岳をあきらめ下山、それぞれ別行動と決定します。私が携帯電話を持っているので、運が良ければまた会おうということになりました。小屋の方には本当にお世話になったので、出発前にお礼を言いFYAMAP名刺を渡しました。するとこの家族は中津川市の人だということで、思わず話しがはずみました。「すや」や「車屋」の話しから「富士見台」の話しまで飛び出し、出発がかなり遅れました(^^;

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8.空木岳単独行

 私は初めての山へ単独で行くことはありませんが、友人が下山したために、期せずして単独行になってしまいました。空木岳への登りは、今回の山行中で最大の標高差となります。勾配もきつめで2時間程度を想定しました。さすがに足に疲れがきています。トレッキンングポールに頼りながら、ゆっくり歩いていきました。


<空木岳への道>

 南駒ヶ岳が朝の光を浴びて美しいです。北側には昨日歩いてきた宝剣岳からの縦走路の峰々が見えます。足下には木曽殿山荘が小さくなっていきました。途中から岩場が続きます。年配女性のパーティが渋滞してしばらく待ちます。岩場が終わり、なだらかな登りを登り切ると山頂です。何とか1時間半で登ることができました。

 気持ちの良い山頂です。360度の視野があり、ぐるっと中部山岳を見渡すことができます。昨日よりやや霞んでいますが、それでも同様の山々が見えるのでした。富士山と塩見岳がちょうど重なって見えます。西側の雲海に浮かぶ巨大な御嶽が、独立を誇示しているように見えました。


<空木岳山頂>

 ここでの時間が長くなりました。写真撮影してコーヒー沸かして、他の人と話しをして・・・、といった具合で1時間半。MB画像のプリントアウトを見せたり、FYAMAP名刺を渡したり。まるで営業活動。関西から来たという学生のパーティが、かなり興味を示していました。やがて20人ほどいた山頂に誰もいなくなって、私一人が残りました。空木岳の上で一人山々を眺めながら過ごす時間の贅沢さ!!満足です(^^)

 
<空木岳から見る南駒ヶ岳と北部の峰々>

 空木岳。この山脈にひときわそびえるこの山の上で、私は「充足感」を覚えました。展望の尾根道縦走の帰結にふさわしい、素晴らしい時間を与えてくれたこの山に、「感謝」とも言える感情を抱きながら下山路に着きました。

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9.空木平

 空木岳の頂上直下に小さな山小屋、「駒峰(コマホウ)ヒュッテ」があります。なんと営業小屋です。のぞいてみると、気の良いおやじさんが「休憩していけ」と言います。山頂で十分に休んだ直後なので辞退しましたが、10畳ほどの広さのところで、2食付きで5千円だそうです。正面に中ア北部がドーンと見える素晴らしいロケーション。空木岳山頂へも数分です。10月13日までやっているので利用してくださいとのことでした。来年には改築するそうです。


<空木岳から見た空木平>

 そこから空木岳東部に広がる「空木平」に下りました。盛りは過ぎていますが、お花畑が広がる素晴らしい場所です。そこに避難小屋がひとつ。目の前に水場もあります。水が湧く、まさに沢が始まる場所です。当然きれいで美味しいのです。この避難小屋もきれいで、大きな板の間になっています。山頂で会った学生たちに追いつきました。私はここからの長い長い尾根下りに備え、靴の紐を締め直し、美味しい水を補給しました。


<空木平から見上げる空木岳>

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10.池山尾根から下山

 空木平からは樹林帯にはいり、長い尾根道の下りになります。果たして下りの苦手な私が耐えられるだろうかと心配になりながらも、ローバーの靴と衝撃吸収の中敷きの効果を信じて歩きます。珍しく、地図を見て目標タイムを設定しながら歩いてみました。というのも早く下れば、木曽殿越で別れた友人と合流できるかもしれないからです。最初は「大地獄」と呼ばれる難所。とはいっても金属製のステップがあって安全に通過できます。次は池山避難小屋。水場があるので、ここで昼食としました。

 ここからしばらく広く勾配のゆるい道となり、大変歩きやすくなりました。やがて林道とぶつかります。登山道はこの林道をくし刺しにして通っており、このあとも数度遭遇します。林道は途中までクルマで通行できるらしく、2台のクルマが停まっている場所がありました。快調なペースで下山していますが、足下はややふらついています。惰性で歩いている感じがあります。そしてついにスキー場まで到着しました。

 もう下界です。舗装路に出ると「空木岳登山口」の大きな看板。そこから降りてきたのだと、しみじみ思ってしまいました。駒ヶ根高原に入り菅の台駐車場に到着。私のクルマを発見し、思わずガッツポーズが出ました。友人からはまだ電話が入りません。せっかくなので温泉に入って3日分の垢を落とし、土産などを買っていました。すると、どうやらその間に電話が入ったようです。残されたメッセージによると、須原駅に到着し中津川へ向かうということでした。中央自動車道に入って走っていると、飯田の手前で電話がありました。中津川に着いたとのこと。彼もそこで土産を買うということで、待ってもらいました。恵那山トンネルを抜け、30分程で中津川に到着。駅前には友人が立っていました。再び合流できた我々は、喫茶店でそれぞれのルートの話しなどをした後に、中津川駅で別れました。

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11.中央アルプスは展望の山脈

 2泊3日の中央アルプスの山旅。それは私に素晴らしい展望の楽しみを与えてくれました。日本の高峰を見渡し、アルプス景観に感動し、日の出を拝み、花々に目を奪われた旅でした。北アルプスのような派手さは無いし、南アルプスのように雄大でもないけれど、まぎれもない日本アルプスの一員として、独特のムードをかもしだしています。むしろ私にとっては最も身近なアルプスとして、これからも訪れてみたい山域です。

 中央アルプスは、私の住む街からも条件が良ければ見えます。冬の良く晴れた日に、遠くに白い山脈が浮かび上がるのを歓喜を持って眺めています。あの木曽殿越が目印になって、空木岳がすぐに同定できます。そうして眺めていた峰々を歩いてきたことが、いっそう親しみを覚えさせるのです。まだ訪れぬ念願の越百山〜南駒ヶ岳も魅力的です。木曽殿山荘が混雑しているとはいっても、中央アルプスの南部は、まだまだ静けさの保たれた場所だと思います。前回の北八ツ同様、のんびり山歩を満喫できました。

 木曽殿山荘の皆さんには、友人のことを含めて本当にお世話になりました。奥さんの「山では気持ちと気持ちだから」という言葉が、とても印象的です。展望だけでなく、こんな優しさが心に残る山旅でした。

 遠くからあの山脈を眺めたとき、またこの山旅を思い出すことでしょう。

  おわり。

(1996.8.22〜24 FYAMAPに掲載)

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