表通りはいつも人でいっぱいである。
この場所は活動の中心地でもあって、朝は会社に勤めるサラリーマン。昼は買い物やたわいのない世間話をする主婦。夕方はそのまま家に帰る、あるいは寄り道をしていく学生。夜になれば昼間とはがらりと変わったネオンの街が若者を中心にして回っていくだろう。

「平和だなぁ…」

一言で言えば”平和な世界”。普通に、ごく平凡に過ぎて行く時間の中にいる人たちは何て幸せなのだろう。
彼女は通りに沿って建てられているオフィスビルの地上3階から、何の意味もなく行き交う人々を見つめていた。
上の方でまとめてある髪が肩をくすぐる。夕焼けの所為で、色素の薄い髪を茜色に染め上げている。
どこかの会社の制服を着ているようだが、年齢は16・7といったところだろうか。けれど妙にしっくりしていた。
部屋には少女以外に誰もおらず、壁に掛かっている時計の秒針の音がやけに五月蠅い。
そんな中で彼女は外を見ていた。
何かをするわけでもなく、ただ、それらを眺めるだけ。



「楽しいか、琴葉?」

「んー…微妙……」






少女  琴葉と呼ばれた窓際に立つ少女は気の抜けた返事をして    そして。






「って、いつからいたんですか!?」
「たった今、戻ってきたところだが」
琴葉の驚きの声に対して淡々とした口調で返すが、そんな言葉で彼女が納得できるはずもない。
琴葉が立っている場所は入口近くの窓ぎわ。どれだけ鈍い者でも近くにいればドアが開く音ぐらい分かるはずだ。
が、琴葉はそんな音など聞いてはいない。
ならばどこから入ってきたのだろう。もちろん分かってはいるのだが。



「いつもあそこから入ってくるのやめてくださいって言ってるじゃないですか…」
「昔からの癖を今更なおすことは無理だな」
「銃で鍵穴ぶっ壊してまで入ってくるのが癖ですか?」
「まぁな」
冗談か本気か、はっきりしない顔で男は鞄を机の上に置く。
背は180ぐらいで琴葉と比べればはるかに高い。年齢は20歳過ぎだろう。黒のスーツに身を包んでいるところを見れば会社の社員かと思うが、彼が鞄を置いた机はいわゆる「社長席」というやつだ。
といっても、この部屋には接待用のテーブルを除くと机は3つしかない。そのうちの1つは使われている形跡がない。
つまり、琴葉とこの男だけのための部屋なのだ。



「まったく…久しぶりなんですから、きちんと表から入ってきてくださいよ」
「仕事帰りに表通りを歩けるような図太さはあいにく持ち合わせていないんでね」
目をつけられるとまずいだろと言うが、そんなことは今更じゃないかと琴葉はため息をつく。
「ふーん…仕事してたんですか」
「何をしていたと思ってたんだ」
「綺麗なお姉さんと寝てたんじゃないかと」
「それは遊びじゃない、仕事だ」
「局長にとっては遊びと等しいでしょうが」
情報収集の1つではあるけれども、彼  局長と呼ばれた男にとってはただの快楽にしかならないじゃないか。
琴葉にそういう仕事は回ってきたことがないので詳しくは分からないが、あまり重要視はしていない。
「で、何かいい情報ありました?」
「ああ。最近騒ぎになっている殺人事件の犯人だが  どうやらうちが動かなければならなくなったぞ」
「…?それは警察の仕事じゃなかったんですか?」
「ただの連続殺人事件ならな。だが、犯人はこちら側の住人だ。警察ごときでは捕まらんよ」
むしろ逆に奴の餌食になるだけだ。
苦笑しながら煙草に火をつけ、鞄から書類の束を取り出し琴葉に与えた。
少女は目を細め、聞き出してきた情報と本部からの報告書に目を通す。



「……命令を」

琴葉は右手を左胸に当て、真っ直ぐ男を見据える。



「犯人を見つけ、殺せ。そしてその死体を警視庁にでも送ってやれ」



  確かに」






翌朝、警視庁に赤い布で覆われた細長い包みが届けられた。









これが、彼らの仕事なのである。