世界は汚れきっていた。
人は自然を支配し、人は人を支配し、人は世界を支配した。
汚れているのは世界だけではなく、また人自身も汚れている。
後を絶たない麻薬・兵器の密輸。闇オークションでの人身売買…数えはじめればきりがない。
それらを行う者たちを『闇の住人』と呼び、彼らは世界人口の3割を占めているらしい。
もちろん、それをほかっておけば日ごとに増えていくばかりであり、抹殺者が必要とされる。
ここ日本にも公にはされていないが、そういった組織が世界を後ろ盾にして存在している。
ようするに、『闇の住人』用の警察みたいなところだろう。といっても、犯人を”捕らえる”のではなく”殺す”のが仕事だ。
今までほとんど生きたまま獲物を手放したことがないらしい。
世界所属なのだから、国単位の法律など一切無視。また、国側も黙認ということになっている。
結局のところ、誰かがやらなければならない仕事なのだ。
皮肉なことに、仕事に就くのは大半が『闇の住人』なのだけれど。
表向きは訓練された者ということになっているが、実際時間も手間も費用もかかることなので組織にとっては不都合なのである。
ならば、死んでも手間のかからないモノ  『闇の住人』が最適であった。
奴隷として売られていたのを買ったり、暗殺者と取引をしてこちら側に移させたり。
奴隷はすでに調教ずみなので訓練などさせる必要もない。
『闇の住人』同士で殺し合いをさせることにより、彼らを減らすという魂胆もあるとかないとか。
そして、琴葉も『闇の住人』の一人であった。
物心ついた時には刃物を片手に持ち、殺される前に殺すことだけを考える毎日。
追い、追われ、そんな生活を続けていたある日、彼女は今の局長にこの仕事はどうかと誘われた。
生活を保障してもらえるのなら断る理由など無い。












「はぁ…」
琴葉は高々と目の前に立ちはだかっているビルを見上げ、精一杯ため息をついた。
見た目は周りとそう違いのないただの高層ビルである。だが、彼女の勤める組織の日本支店といったところのビルだ。
本来ならもう仕事時間は終わっているはずなのに…、と心の中で独りゴチる。
今さっきめったにこない本部からの連絡が入った。
本部直に何かを言ってくるというのは大抵決まった内容であって、「新しい人材の派遣」か「大規模な仕事」のどちらかだろう。
普通仕事はエリアごとに担当者が決まっており、担当者だけで始末するというのが規則となっている。
だが、例外としてエリアが重なったり、又はそのエリアの担当者だけでは無理だと本部が判断した場合、手の空いている者にお呼びがかかる。
どちらとも滅多にないことなのだが。
「厄介なことにならないといいんだけど…」
そういうわけにもいかないのが仕事である。
残業だけは勘弁して欲しいなあと二度目のため息をつき、自動ドアをくぐった。






受付をすませ、指定されたエレベーターに乗ると、自動的に動き出す。
ビルの構造は複雑で、何処に何があるのか琴葉はさっぱり分からない。
といっても、数えるほどしか来たことはなかったが、未だにこの仕組みは慣れなかった。
外部対策ということで、上層部にしか建物の造りは知らないらしい。
上下左右に動くエレベーターは、ある意味恐怖である。
やっとドアが開いたと思うと、殺風景な部屋に投げ出されたりするのだ。
どうかまともな場所でありますようにと琴葉は祈らずにはいられない。
できれば局長(本当にできれば局長以外の誰か知っている人)と行きたいが、彼女に連絡だけ告げると自分だけ先にさっさと行ってしまい、タクシーさえ呼んでくれなかった。
今琴葉の心は彼への怒りで一杯だったが、何をやろうと敵うことなど無く、逆にからかいの種とされるのが目に見えているので口にはしない。
そう決めていても、結局は向こうの方が一枚も二枚も上手なのである。



ガクンと揺れ、ようやく止まりドアが開かれた。
案の定、そこには人影があり、少しほっとする。



「局長!どうしていつも先に行っちゃうんです……って、アレ?」



違う。
思い描いていた人物ではない。
というか、よく見ればシルエットは女性だ。









じゃあ    









「こんにちは琴葉ちゃん。お久しぶりね」






そして、相手も自分をしている。

となれば、当てはまる人物は一人しかいかなくて。









「静さん!!」






天使発見。
どうしてこの人が自分の局長じゃないんだろうと、一瞬本部を恨みそうになった。