絶対に彼女の背中には純白の羽が生えている。



「静さんっ!!」
嬉しさで泣きそうになるのを堪え、静と呼ばれた女性へ思いっきり抱きついた。
向こうもすんなりと受け入れ、両腕を広げて受け止めてくれる。
「お久しぶりです」
「ええ。元気だった?」
「はいっ。静さんはどうしてここへ?」
「アナタと同じ理由だと思うわ。少し違うのかもしれないけど」
ふふ、と柔らかく微笑むその表情が、琴葉は一番好きだった。
「本当はエリアの局長だけでいいみたいだけど、琴葉ちゃんは特別みたいね」
「えっ?そうなんですか?」
「あら、聞かなかったの?だからうちの担当者は連れてきていないわ」
  聞いていません。
いい加減だなあと大げさに肩を下げて見せた。
琴葉が本部に来るのを嫌っていることを知っていて、あえて言わないのだから、もちろん嫌がらせだろう。
「…そういえば静さんも局長なんですよね」
普段あの男しか接していないので、逆のイメージの静を見ると彼女の地位が局長ということを忘れがちである。
だが、静も局長の一人で、その力は偉大だ。
「あんまり威厳がないかしらね。初対面の人にはよく驚かれるの」
琴葉ちゃんの局長さんと比べられると敵わないなあと、苦笑する。
「そんな…うちの局長と変わってもらいたいほどです」
むしろ切実な願いだ。
「嬉しいことを言ってくれるわね……でも  
ちょっと困った顔をしたのは琴葉の気のせいであろうか。
「周りをよく見てから話した方がいいわよ」

「え?」





「いい加減気づいたらどうだ」





    げ。



感情のこもっていない冷めた声。
だが、不機嫌さは嫌というほど伝わってくる口調。
まさしく。これは。



「きょ、局…長……」



「上司である俺に気が付かず、あまつ悪口を言うとは……」
「あ、え、いや、その…」
普段無表情なくせに、微妙に笑っているところがまた怖い。
「そしてその嫌そうな顔」
「っ!」
ばっと両手で顔を覆うが時すでに遅し。
「感情を出すな…とは言わないが、ポーカーフェイスの1つぐらいできるようにしておくことだな」
ポンッと軽く琴葉の頭を叩き、ため息をついた。
「…いつからいたんですか」
「お前が西の局長と抱き合っていたところから」
要するに最初からである。
だが、琴葉には静の存在しか分からなかった。いくら疎い琴葉でもそれくらいのことが分からないはずがない。
目線だけ静の方に向ければ、彼女はそっと微笑し、
「私と一緒にいたわ」
つまり、何も知らなかったのは琴葉だけであった。
流石局長、というべきなのだろうか。
静もなにげに食えない人物である。けれど、それは自分の局長よりはおとるだろうなぁと思ってしまったけれど。

「琴葉、早く来い」

つい命令口調で呼ばれれば体が勝手に反応してしまう。
(慣れって恐ろしい…)
不満を持ちつつも、従わなけければ何一つできない未熟な自分を少し恨み、彼らの背中を追った。






「それにしても、出てきたとたん”局長”と言うあたり、怪しいと思わない?」
「怪しいって…何がですか?」
静の意味深げな言葉に首を傾ける。
「いちいち真面目に考えるな」
からかわれているだけだと冷たく言い放つ。
「どうしてそんなに機嫌が悪いんですか?」
確かにいつも悪そうに見えるが、今日はさらに拍車をかけている。
なにか気に障るようなことをしただろうか。
「別に、普段と変わらないが」
空気がピリピリしているような気がした。
どうしてかはあまり知りたくないが、けれど、知りたいと思ってしまう自分に呆れてしまう。
「私…何かやったかな…」
「覚えがあるのか?」
あると言えばあるかもしれないが、ひとまず言うほどのことは無い、はず。
さっき気が付かなかったことだろうか。だが、彼がそれしきのことで機嫌を悪くするような男ではない。
ならば、一体何が原因なのだろう。
「琴葉ちゃんの気にするようなじゃないから大丈夫よ」
「お前が言うな…」
相変わらずの笑みを見せている静に、目を合わせようとしない局長。
「二人だけが知っているなんてずるい…」
ぼそりと呟けば静がケラケラと笑い、
「ホント、可愛いわよねぇ?」
男に同意を求めれば、
「しらん」
の一言で返された。