「多分その竜巻で結界が薄れ、偶然五月さんはその場所に飛ばされ、結果中界まで落ちてしまわれたと思います」
「多分でもなくてそうなんだろうよ…」
己の運もここまでか。
はあ。
泣きたくても泣けない。そんな苦しい気分だ。






そもそも中界とはなにか説明しよう。
地球には大きく天界・下界・魔界の3つの空間が存在している。
その中の一つ天界にも3つに分けることができ、一番上にある空間が天使だけが住める最上界。その足下が天人の世界のこと天中。そして下に広がっているのが中界という構造になっている。
もちろん中界にも天人は住むことができるが、交通手段が無いという欠点があるのだ。
いくら天界の中といってもそれぞれの空間の間には結界というものがはってある。何故か最上界と天中の間だけは結界がないのだが、中界だけ存在している。なので結界を通り越すというのは天使でなければ無理である。
そして高度の高いところは酸素が薄いため鳥便が使えない。気候も荒れやすく、穏やかだとはいいきれないのだ。
そんなお世辞でも住みやすいとは言えない世界に好んで住もうとする者はいない。
目の前の人物  清音は別なのだろうか。






「じゃあどうやって天中に戻ればいいんだ?」
「マルスを呼べば助けに来てくださると思いますよ」
マルスねえ…。
「だがマルスを呼べるのは天使だけだろ?天人じゃ呼ぶ力など持ってなんかいない」
だいたいマルスなんていう位の高い人物にそう易々と助けを求めるほど勇気を持っていないのに。
「なので私が呼んであげますよ」



    は?」



サラリと言われたので一瞬何のことか分からなかった。
「だからー、私で良ければマルスたちを呼んでさしあげますってことです」
時が凍り付く。
が、砕いたのは五月。
「こんな時に冗談は言わないモンだぞ」
「本気ですってばぁ」
「あのな、お前俺の話聞いてないだろ。さっきも言ったがマルスなんて天人じゃ呼ぶことができないんだって」
「誰が天人だなんて言いました?」
え?
確かに清音から自分は天人だと聞かされてなかった。しかし、



「……羽は?」



天使である一番の証拠の羽。



「ありますよ」



すっと背中に手をかざすようにすると、幻影のように浮かび上げってくる。
純白の羽。
光のせいか透き通っているように見える。
「ね。ちゃんとした天使でしょ?」



確かに。



ああ。だから

「詩…持っているんだな」



目覚める前に微かに聞こえてきた詩。あれは清音が歌っていたものだろう。
「うん。五月さんは持っていないのですか?」
「ああ。だからこうやって旅をしているんだ」






自分だけの詩を見つけるために。



今までずっと旅を続けていた。きっとこれからも続いていくだろう。






「五月さんは…天使になりたいのですか?」
「んー…実際どうなのか自分でもよく分からない所。でも、旅をする価値はあると思うんだよな。それに好きだし、旅をすること自体」
「旅を……すること自体…ですか…」
「?」
唱えるように口の中で繰り返しつぶやく清音は、遠くを見据えているように感じた。
「素敵ですね、そうやって生きることができるのって。羨ましいなぁ」
そして寂しく微笑む。
「じゃあ、早くここから出ないと旅が続けられませんね。ちょっと待っててください。すぐマルスを呼びますので」
「あ、ああ…有り難う」
返事の代わりにペコッとお辞儀すると五月を残して部屋を出ていった。
パタパタと清音の歩く音が遠ざかっていくと、辺りは窓から入ってくる心地よい風の音と木々のざわめきが良く聞こえるようになった。






身の回りにあるのは今自分が寝ている白いベッドと観葉植物。そして風と共に踊るカーテンの他見渡す限り壁とフロア。
四角い空間だと言うことが嫌でもハッキリ分かる。
「静かだな……」
いままで数々の場所をまわったが、こんなにも安らぐような気持ちにさせてくれる場所は皆無に等しい。
中界は恐れられているがわりと思っていたほど荒れていないのではないか。それともただ単にこの場だけが整備されているだけなのかもしれない。
どちらにしろ、清音はずっと一人でここに住んでいたのだろう。いつからは知らないが、浅くはないはずだ。
それでも、
「なんであんなに笑っていられるのか…」
彼女は笑っていた。
初めて会った時から。
こっちが辛くなりそうなぐらい。



ズキン。



「痛っ!」

グッと上半身を上げようとしたが、力んだ途端傷にさわった。
いくら自然に治るといっても、数時間はかかる。なにせ頭の怪我なのだから。
一応応急処置としてか清音が包帯で巻いておいてくれたおかげか治りが早く、もう足や手などの傷は治っているみたいだが、頭だけはまだらしい。
まあ、あれだけ派手に落ちたのだから当たり前といえば当たり前の話だが。
「…治りは早い方なんだが…やっぱこれだけの時間じゃ無理があるか」
ふうと息を付き、ゆっくりと元に戻す。



ぼー…っとただ天井を見上げていると、どこからか駆けてくる音が聞こえ、バタンとドアが開く。
もちろん現れたのは清音なのだが、
「ど、どうした…?」
すごく沈んで見えるのは気のせいだろうか。
「ごめんなさい…」
「…なにが?」
彼女の顔でだいたいのことは予想できたのだがあえて問う。
「その…五月さんがここに来た原因でもある竜巻が天中ではすごく被害が大きくて……マルスたちはその修理とかそっちの方に借り出されてまして……こちらにみえるのは早くて5日後位だそうなのです…」



つまりは。



「上が直るまでここにいろってこと?」
「も、申し訳有りません〜!!な、なので失礼ですが5日間汚いところですがこの家に滞在していただけるとうれしいのです…が」
汚いって……これ以上にないくらい綺麗に見えるんですけど。
天使にしてみれば一つのホコリも汚いに入るのか?






というわけで、今日から多分5日間ぐらいきよねの家にやっかいになることになった。
彼女が言うには、中界には朝・昼・夜の区別が無いので好きな時に寝れば良いらしい。
「悪いな……迷惑の二乗になってしまって」
「そんなことないですよ〜。.むしろこんなこと言っちゃ行けないんですけど…楽しみですv」
天使とは本当に綺麗なものだ。