朝日を浴びて輝きを取り戻した世界は一日の中で一番美しい。
そう彼女に何度も言い聞かされた。



綺麗なモノ

美しいモノ



  それを素直に言えることは心が綺麗な証拠なんだって。

と。

どんなに汚れていても綺麗だと思えれば、どこか欠片は綺麗なまま残っている。

「私はそう信じていきたいし、信じていこうと思ってる」

そして彼女は笑った。



光のように。

風のように。

白く。






「ねえ、五月は    ?」

「…なにがだ」

「五月は、綺麗って感じるモノある?」

    さあな……」

「むぅ〜、五月つれない、可愛くない」

「可愛くなくて結構だ」

「そんな風じゃつまんない大人になっちゃうぞ〜.」

「よけいなお世話だな」

「…五月って喋らない方が得だよ」

「ご忠告どうも」



…………






他愛のない会話。
これが日常行事。
でも
こうしていた時間の方が
何よりも楽しかった。
彼女の綺麗な笑顔が見えることが
何よりも幸せだった。



自分の名を呼ぶ一人の少女。
    誰?
自分は知っているのだろうか。
どうしてこんな感覚が残っているのだろう。
覚えのない
仮想のような記憶?






一体これは      









「五月さん…」



「あ……?」
誰だ、この人は。
「疲れているのならそっとしておいたほうが良いかと思いましたのですけど…」
だったらそうすればいいのに…。
「一応丸一日寝ておられたのでこれ以上寝ていると背中痛くなりませんか?」
「……」
言われてみるとなんだか首元から腰にかけて痛みが走る。
「そうだな…」
腹筋に力を込め起きあがろうとすると
「っ痛    !!」
グキッと鳴った気がする。
なにせ久しぶりに柔らかいベッドで寝たからな。
「怪我の方はお香を焚いていましたのでもう直っていると思いますよ」
「お香…?」
「はい、治癒香です」
通りで頭に痛みが感じないわけだ。
治癒香は痛みを和らげる働きもあるが神経を麻痺させる効果もある。
「…それって結構高いだろ。使わせちゃって悪いことしたな」
「いいえ。お香集めるの趣味の一つなので。治癒香は匂いがとても良いので沢山あるのですよ」
「そうか……」
「ええ」
微笑し、サッとカーテンを開ける。
「久しぶりです、こんなに良い天気が続くのは」
差し込んでくる光に目を細め髪を風に委ねる姿は天使を思わせる雰囲気。
「やっぱり天使なんだな…お前は」
「?…どうしてそんなことを?」
「いや、別に深い意味はねーよ」
綺麗すぎて遠くに感じる。
「……どうしてお前は…中界に住んでいるんだ?」
唐突すぎたか…と思ったが、好奇心の方が勝った。
いくら天使といえどもこの環境の中で暮らしていくのは容易ではないはず。
「天界の方が住みやすいし暮らしやすい。なのになぜこの場所を選んだんだ?」
さっきまでの微笑は無かった。
しかし目線は外さず、スッと五月を見据える。
なにかを訴えるかのように。
「五月さんは…天使といわれるとどんなふうに想像されますか?」
「…天使といわれればまず羽。空を優雅に舞いながら自分だけの詩を歌っている。……そんな感じだ」
「空を優雅に…舞う、かぁ……」
「ああ」
今まで見てきた天使たちは皆そうだったから。
「だからですよ。私は天界に居てはいけないんです」
淡く、寂しげに笑う。



風が強くなってきた……。



「どう…して…?」



なぜか声が震えている。



「天界には天使しか住めませんから」

「お前は天使なんだろ?」
そう自分で言い切ったはずなのに。






切ない笑みを浮かべているのは  









「私    飛べないんです、空」









一瞬の突風。
全てを消すように身体中を削っていく。



「な……あるんだろ?羽。…だったら飛べるはず…」
見せてくれた透き通るあの綺麗な翼は幻だというのだろうか。
「羽はあっても、飛ぶことはできないんです。だから…天使失格ですよね」
「そんなこと……」



ない。



「飛べない翼なんて意味が無いんですよ……」



    






なにか言おうとしたが、またの突風に消され清音に届くことは無かった。