交わした口約束を守ってくれたことがあっただろうか    












『いつもの喫茶店で9時に待ち合わせね』



偶然手に入った映画のチケット。
二人で見るためにそう約束した。
なのに   









「五月の嘘吐き…」



9時を通り越してから一時間経過していた。
頬を膨らませできる限り五月を睨む。
だが、相変わらず笑みの耐えない顔をしている。
無邪気で、屈託のない表情。
そしてお約束のように



「悪いな…」



と。



いつもそんな一言ですまそうとするんだから。
「早起きは三文の得って言うでしょっ!?」
「三文って…昔じゃ団子の一本でも買えたかもしんねーけど今じゃ何の得にもなんねーぞ?」
「それ屁理屈って言うんだよ……全然反省してないよね…」
口に出す言葉一つ一つに何か言ってくるんだから…。
はあ、とオーバーにため息をついた。
我ながら可愛くないかも。
「ま、今に始まったことじゃないけどさ〜…」
だいたい五月が低血圧なことぐらい知っていたし。
時間にルーズな性格も長年の付き合いから嫌というほど分かってる。
そしてまた彼も自分がそのことに気付いているのを知っておきながらわざわざ謝るのだ。
うれしいと感じてしまうのが無性に感に触る。
ガタッと席を立つと請求書を五月の顔に貼り、
「罰として払っておいてね」
と言うと出口へと向かった。
案の定返ってくるのは



「ハイハイ」



淡々とした肯定の言葉。
カマトトぶりもいいところ。

こんな関係嫌なのに、いつまでも続いて欲しいと思うのはとっても矛盾してる。

でも、

こんな関係だから今まで続いてきたし、これからも続けていける。

そんな気がした。



カランカラン…
ゆっくりとドアが開かれ、レシートを綺麗な正方形に追って私に投げつける。
「行くぞ」
主導権を握られて
どうすることもできない私に微笑みかける。
そんな日常。






あ、一回……たった一度だけ守ってくれたことがある






誕生日に上げたクロスのチョーカー。
自分と二人で一緒に出かける時はつけて、と。
初めの一日だけ、約束を守ってくれた。

後は。

つけていたところを見たことがない。
そういう人だったからね。
私は今でもずっと守っているのになぁ…
交換条件に、お返しにと買って貰った紅いピアス。









貴方は気付いているでしょうか?









バタン。

できるだけ静かに閉めたつもりなのに響いてしまう。
「ふぅ……」
落ち着こう。お香のせいでどうかしていたんだ。
言うつもりではなかったのだから。
こんな無意味な事    今まで話したこと無かったのに。
「ごめん…忘れて…」
そう言い残して部屋を出てきた。
これ以上彼の顔を見たくなかったから。
覚えててくれたらこんな苦しい思いなんかしなくてもいいのに。
どうして肝心なところが抜けて居るんだろう、この人は。
夢なら覚めてくれればいい。
膝が砕けてズルズルと壁からずり落ちる。
「こんな偶然、酷すぎるよ…」
気持ちの整理なんてついてない。
予告なしでくるなんて非常識だ。
そう言ってやりたい。でも……



「もうそれさえも許されないんだ……」



耳たぶに光る紅の珠をそっと触れると、いつもより酷く痛みが走った。
少しでも気を抜くと瞳から何かがあふれ出してきそうで怖かったから、強く、強く閉じる。
出てくることの無いように、と。願いを込めて…
還ってこない過去を今さら悔やむつもりはないけれど、






『奇跡って起きないから奇跡って言うんだよ』



確かにその通りだね。






「ふぅ……」
全てを忘れるようにと大きく息を吐く。
「叶うなら…なんて思うのは、わがままかなぁ、五月    






外はいつの間にか雨。
空は闇のように黒かった。
止みそうにない雨を手ですくいながら、ゆっくりと窓を閉めた。