「ね……」

「ん…?」

「好きなんだ」

「何が?」

「雨…」

「…………そう見えた?」

「うん…」



他愛の無い、感情の無い、只言葉を並べただけ。
でも、無言な空間は創りたくない。そう二人共思った。
「髪…濡れてるよ?」
「長いこと居たからな…」
ポタポタと床に垂れる音が心を和ます。
「傷  痛くない?」
「さあ、どうだろう…」
「どうでもいいんだ」
「かもな」
ゆっくりと冷たくなった手で包帯を解いた。
露わになった白い肌に、まだ薄く痕が残っている。
その筋に指を、微かに滑らせた。
「ヒーリング?」
「そう、だよ…」
感覚が麻痺してるのか、冷たくも無く、温かくもなく。
それが無意識に感情を引き起こす。
消えたものや、失ったものを甦らす。
「変わったからな…」
「何が?」



歯車が狂っていくように。



「俺も    



思いも、記憶も狂っていって。



「お前も    






何時かは元に戻ってくるものだから。









コツコツコツコツ…
秒針を刻む音がいつもより長く感じる。
後1分ほどで9時30分になるというところだ。
ようするに、約束の時間まで後1分となっている。

コツコツコツ…


60……50……
1分を切った。


45…40……
ああ、鬱陶しい。


30…20…15…
もう少し……。


10・9・8…






「6・5・4・3・2・1…」
   



カラン。



「あ  



「なんだ?」






0。






ドアからこちらへ向かってくるのは五月、だと思われる。
近くでよくみても、やはり五月。
「……」
「? なんかあったか?」
そう、五月だ。正真正銘。
「五月  約束の時間、覚えてる?」
「えっ!?9時半じゃなかったのか」
「いや、あってるけど…」
今日は雪が降るんじゃないか?
寂しくなるが、思ってしまうのは仕方がない。
「もしかして、遅く来た方が良かったか?」
「それは違うけど…」
まぁ、でも。
「遅く来てもらったら全部奢らせれたのにね」
「オイ」
机の端にある伝票をとると、鞄から財布を取り出す。
「だから今日は私が払うよ、全部」
賭けに負けたんだし。
「あー…いいよ、俺が払わせていただきますから」
そして清音の指から紙を抜き取る。
「いいの?」
「ま、な」
「……病院行こうか?」
「頭の治療ならやっても意味無いぞ」
「あ…そうだね」
「肯定するなよ…」
口は変わらなくてもいつもとはなにかが違う。
久しぶりだからだろうか。
この人の背をこんなに長く見るのは    
「清音」
自分の名を呼ぶ声。差し出す手のひら。
「行くぞ」
そして見せる笑顔。
「うんv」
いつも通りなんだと。忘れることのないものだと。
二人にとって    
忘れては……。






      っ」

ダンッ!!




   !!」




あ・れ。



空がよく見えて次第に風景が回って。







ドサ。
ザンッ  









「清音!?」




誰、だろ…?







「きよ……」










声がだんだん聞こえなくなって。
心臓がバクバクなって。
痛いかどうか良くわからない。
目の前は真っ赤で、いつのまにかその中にうもれていったみたいで。



一番最後に残っているのは手を強く握られた感触と、頬に落ちた一滴の雫の冷たさだった。









「今でもその時の目に映ったモノは、よみがえってくるんだ…」
赤く、冷たくなった貴女の身体。
瞳から溢れた熱い雫を。